2009年02月01日

無職

 
 レンタルビデオの会員申込みだとか、アンケートだとか、
 いろいろなところで「職業」を問われるたびに、困るんですよね。
 
 
 何て答えればいいのだろうか。


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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月30日

ものづくり

 
 
 ものづくり。
 
 
 日本の製造業に代表的に見られる、ものづくりに対する精神性や歴史性を
 現す言葉として、ここ10年ほどの間に、広く使われるようになりました。



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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

餅まきのルーツ

 
 昨日から引き続き、餅まきについての話です。


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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月22日

餅は、黒潮に乗って

 
 何日か前に書きました、餅まきの話。
 
 読者の皆さんの郷土愛を呼び覚ましたようで、
 多くの方々から、餅まきについての情報をいただいております。
 

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posted by 加藤のどか at 00:00| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

スーパーめぐり

 
 僕の趣味の一つに「スーパーめぐり」というものがあります。
 
 スーパーとは、普通のスーパーマーケットのこと。
 
 遠出して、知らない街なんかに行った場合は、
 なるべく、その土地のスーパーに立ち寄るようにしています。

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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まぐまぐ大賞 部門3位受賞

m-new3.gif

昨年末に行われた、まぐまぐ大賞2008において、
メールマガジン「都会育ちの田舎暮らし」は、
ニュース・情報源部門の3位を受賞することができました。

1500誌にも及ぶニュース・情報源部門の中で
3位を受賞できたことは、本当に、みなさんの応援のおかげです。

ありがとうございました!
posted by 加藤のどか at 11:32| 高知 ☁| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月18日

臓器提供意思表示カード

 
 いきなりですけれど。
 
 臓器提供意思表示カードって、ありますよね。
 
 あれ持ってます?
 
 
 
 ☆臓器提供意思表示カード(またはシール等)を・・・

◆持っている
http://clickenquete.com/a/a.php?M0002765Q0028285A188bd
◆持っていない
http://clickenquete.com/a/a.php?M0002765Q0028285A29637
◆何それ?
http://clickenquete.com/a/a.php?M0002765Q0028285A33b4f
○結果を見る
http://clickenquete.com/a/r.php?Q0028285C3a1b
○コメントボード
http://clickenquete.com/a/cb.php?Q0028285P00C1c22
 
 
 
 
 
 (社)日本臓器移植ネットワークのサイトを見ると、
 今までに配布した数が「カード」だけで1億2000万枚だそうです。
 
 免許証や保険証に貼るシール型のものを合わせると、
 軽く、日本の総人口を上回るくらいの「意思表示カード」が
 世の中に出回っていることになります。
 
 普通に生きていたら、誰もが、一度くらいは目にしたことが、あるはず。
 
 
 
 では、世間一般ではどのくらいの所持率かというと。
 
 http://release.center.jp/2009/01/1302.html
 
 こちらの調査によれば
 「もし自分が脳死と判断されたときに、臓器提供をしたいか」
 という問いに対して、
 「全て提供したい」または「一部臓器なら提供してもいい」と
 答えた人が、43%に上るそうです。
 
 一方で「提供したくない」という人は、22%。
 「どちらともいえない」という人は、34%。
 
 つまり、YESorNOと問われたときに、保留した人を除けば、
 半分以上(6割ほど)はYESと答えているということですね。
 
 
 
 
 で。
 
 僕は、絶対に嫌なんですけどね。臓器提供って。(゜△ ゜)
 
 
 
 
 世間一般の「臓器提供意思カードを持つのは、人間として当たり前」的な風潮
 に、前々から、そいつはどうなんだろうと思っていまして、だけどわざわざ、
 臓器移植に噛み付くようなタイミングも見当たらず。適当なニュースがあれば
 そいつをマクラに書こうかなとも思っていましたが、そんなニュースも無く。
 それで時々、テレビなんかで目にする臓器提供意思カードのCMがどうも鼻に
 つくもので、まぁ、日曜日の手慰みにでも一つカチャカチャ書いてみようかと
 思った次第でして。最近、このメルマガは「都会育ちの田舎暮らし」ってタイ
 トルなのに、あまり田舎暮らしドマンナカの話を書かないから、また全く関係
 ない臓器提供意思カードの話を書くのもどうかなと思ったんですが。これはい
 い加減、タイトルのほうを変えるべきなんでしょうかね? 大体、田舎暮らし
 といったって、そうそう毎日ネタになるような出来事が起こることもなく。ム
 カデが一度に10匹でも出ようものならネタになるんでしょうけれど、最近は
 特に蟲たちとの(虫ではなく蟲)トラブルもなく平穏な日々を過ごしておりま
 す。一個人としては別にそれで問題ないんですけれど、田舎暮らし系メルマガ
 発行者としては、もっとイベントを積極的に起こさないといけないのかなぁ、
 などと思いつつも、外は寒いから積極的に散歩なんかする気にもなれず、日々
 パワプロの「マイライフ」を進める日々ですよ。これは人間として大丈夫なの?
 まぁ、話はずいぶんアサッテの方向にずれてしまいましたけれど、そんなこん
 なで、臓器提供意思カードの話を書こうと思ったわけです。(「そんなこんな」
 は、何にでも使える万能の接続詞だと思っているでしょう、カトウ君は。そん
 なことはないのだよ。日本語は正しく使いましょう。by金田一)で。なぜ僕
 は臓器提供意思カードが嫌いかというと。
 
 
 
 脳死状態のときに、意識が無いということが、僕には確信できないからです。
 
 
 ここで一つ、確認しておきますけれど。
 
 
 「脳死」と「植物状態」というのは、違います。
 
 「植物状態」というのは、脳に障害を負った結果、
 全く意識が無くなってしまった状態。
 
 話しかけても、つねっても、反応しない。
 でも呼吸はするし、「体」は生きている状態ですね。
 
 これが「植物状態」です。ほっとけば「生きている」のです。
 
 
 
 脳死というのは、植物状態とは違って、
 「放っておいたら1週間程度で死んでしまう状態」をいいます。
 
 脳の中の、生命活動をつかさどる部分である「脳幹」が
 死んでしまったことにより、生命活動が維持できなくなってくるので、
 (たとえ人工呼吸器をつけたとしても)1週間程度で、
 肉体も死んでしまう状態をいいます。
 
 
 そして、植物状態からは、ごくごく稀に復活する人もいますけれど、
 脳死は「絶対に」復活しない。というのが、前提です。
 
 
 たまに、こんなニュースもありますけれど。
 
  『脳死判定17時間後、人工呼吸器を外して蘇生した男性』
  http://oisha.livedoor.biz/archives/51161272.html
 
 ま、これはお医者さんが、本来は「植物状態」のところをミスったのか、
 それとも(臓器移植をしたいための)意図的なのかは知りませんが、
 「脳死」と判断してしまったことによるものでしょう。
 
 マジの脳死(脳幹死)からは、復活しないと思いますので。
 
 こういうニュースは、正確には「脳死」からの復活ではなく
 「脳死判定」からの復活ですね。(脳死判定を間違えた、ということ)
 
 
 
 ま、こういう事態もちょくちょくあるから、嫌ということもありますが。
 
 
 
 100歩譲って、50歩おすそ分けして、38歩を寄付して、
 手持ちの歩数が無くなって、しょうがないからお隣さんから
 「すいません、うちの歩数譲りすぎちゃって、なくなっちゃったんですよ、
  すぐ返すんで貸してくれませんか?」と頼み込んで100歩譲ってもらって、
 
 
 「完全な脳死判定が、100%行われる状態」であったとしても。
 
 やっぱり嫌なんです。
 
 
 だって、脳死状態の人の「意識」が無いかどうかなんて、
 外部からどうやって判断するんですかね。
 
 呼びかけても反応せず、つねっても反応せず、瞳孔ひらきっぱなしの、
 脳波も全く平行線の、そういう状態であっても。
 
 「本人」がどう感じているかは、判別できないと思うんです。
 
 もしかしたら、臓器移植をされる最中(心臓を取り出される最中)も、
 本人はすべて知覚しているという可能性は、ゼロじゃないと思うんです。
 
 そんなの、絶対に嫌じゃないですか。
 
 屁理屈をこねているように思われるかもしれませんけれど、
 僕は結構本気で「脳死状態の人間も意識がある可能性」を思っています。
 
 外部に伝えようが無いからといって、
 内部で何が起きているかは、分かりようが無いですから。
 
 
 
 年末年始に散々語った戯言の中で
 「今は肉体が軽視されている、精神の時代」ということを書きましたけれど。
 
 脳死の問題って、これの典型的なものだと思うんです。
 
 脳という一臓器が死んだから、死。肉体は、おまけ。
 すごい発想だと思うんですけれどね、コレ。
 
 
 
 まあ、こういう意見を言うと、おそらくあるであろう反論が
 
 「臓器移植によって助かる命もあるんです!(゜△ ゜)
  自分の家族がそういう立場だったら、どう思うんですか!(゜△ ゜)」
  
 的なものだと思うので、あらかじめ言っておきますと。
 
 
 
 自分、もしくは、自分の身近な人が「臓器移植を待つ立場」だったら、
 喜んで臓器移植を待ちますよ。
 
 ですから、僕の立場としては、大変都合がいい制度でもあるんですけれど。
 
 臓器移植というものを、受けたければ、受けられる可能性はあるし。
 だけど、自分は提供したくないという意見も、通るのだし。
 
 「おいしいとこ取り」が出来る、個人的には都合の良い制度なんですけれど。
 
 
 
 私情を抜いて公平な立場に立つのであれば、
 やっぱり、臓器移植ってまずいと思うんですよね。
 
 意識のある無しって、最後まで証明できないと思うからです。
 
 そして、まるで臓器移植カードを持つことを義務かのように、
 学校で教えたり、CMを流したり、という風潮は。
 
 やっぱり、いかがなものかと思うのです。
 
 
 
 皆さんは、どう思いますか?
 

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posted by 加藤のどか at 11:24| 高知 ☁| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

自殺をしたくなくなる方法

 
 昨日からの続き。自殺の話です。
 
 日本の自殺率からいえば、今年中に、「都会育ちの田舎暮らし」読者のうち
 40人が真剣に自殺を考え、4人が実行するくらいの確率なので。
 
 こりゃいかん、ということで。
 
 「自殺をしたくなくなる方法」を書きましょう、と、
 大仰なラストで前回を締めておいて、こんなことを書くのもアレですが。
 
 
 自殺をかなり真剣に考えているのならば。
 
 まずは、プロに相談してください。
 http://www1.odn.ne.jp/~ceq16010/hp/top.htm
 http://www2u.biglobe.ne.jp/~tnk/denwa.htm
 (↑これ都道府県別の相談窓口なんだけど、高知県には無いんですね・・・)
 
 カウンセラーでも、電話相談でも、神父でも、坊主でもいいですから、
 その道のプロに相談することが、まず第一。
 
 それでも、どうしようもなくなったら、
 こんな方法を試してみてはいかがでしょうか、というものを紹介します。
 
 それは。
 
 
 
 ピンクのアロハシャツを着て、焼肉を食べて、ディズニーランドに行くこと。
 
 
 
 これは、どういうことかというと。
 
 「行動」を変えるんです。
 
 
 普通、自殺者(予備者)に対するケアというのは、
 心の問題ですから、いろいろな会話をしたりして「心」を変えようとします。
 
 悩みを聞いたり、励ましたりして「心」を変えようとしますよね。
 
 ま、そりゃ当然でして、その方法を否定する気は、ありませんが。
 何を言われても、何を話しても「気持ち(心)」が変わらないのであれば。
 
 「行動」や「外見」を変えるんです。
 
 
 
 たとえば。口角を思いっきり上げて、「笑顔」を作ってみてください。
 目を細めて、スマイルマークのような顔を作ってください(できれば鏡を見て)。
 
 すると、少し楽しい気持ちになりませんか? 心がうきうきしませんか?
 
 
 
 では、今度は口と眉毛を「へ」の字にしてください。
 思いっきり不愉快そうな顔を、作ってみてください。
 
 すると、陰鬱な気持ちになりませんか? 楽しい気持ちが消え去ると思います。
 
 
 
 気持ちを変えれば、行動に影響が出るのと同じように。
 行動(この場合は表情)を変えれば、気持ちが変わるんです。
 
 
 
 服装も、同じです。「行動」の一つです。
 
 ビシっとしたスーツに身を固めれば「よし、働くぞ」という気になります。
 1日中パジャマでいれば、だらだら過ごす気分になります。

 外見や行動を変えることにより、気持ちは簡単に変わるんです。
 
 
 
 で。自殺の話。
 
 
 
 自殺をしないため、させないためには、どうすればいいか。
 
 「自殺に似合わない外見・行動をすること」です。
 
 
 
 つまり「ピンクのアロハシャツを着て、焼肉で腹いっぱいにし、
 ディズニーランドに行くようなヤツ」は、自殺には似合わないんです。
 
 おまけに、陽気なラテンミュージックでも聴きながら、
 ビーチサンダルと短パンで決めた日には、最強です。
 (できればアイポッドではなく、黒人のように、肩にラジカセを担いで)
 
 
 
 似合わないことは、やりにくいです。
 
 
 
 無理やりにでも、外見や行動を変えてしまえば、
 気持ちがそっちに釣られて、変わっていってしまいます。
 (嫌でも、無理やりに行動することがポイント)
 
 自殺に似合わない格好をしているなら、自殺しにくいんです。
 
 
 さらに予算があるのであれば、南の島にでも行ってください。
 
 
 白い砂浜・青い海・椰子の木が並ぶ海岸。
 そんなところで、自殺はできないんです。
 
 荒波ただよう冬の日本海に飛び込めば「自殺」ですけれど、
 太陽ふりそそぐサンゴ礁の海に飛び込めば「ダイビング」です。
 
 「海に飛び込む」という行為が、一気にレジャーになってしまいます。
 
 
 行くのなら、カリブの島々、太平洋の島々、南米あたりがいいですね。
 南米は、あまり南の寒いところよりも、赤道に近いほうがよろしいです。
 これらの国々は、総じて、自殺率が低いです。
 (間違っても、東欧や旧ソ連に行かないように)
 
 http://tinyurl.com/3sfcpl
 (↑参考。国別の自殺率。日本は先進国(金持ち国)の中でナンバーワン)
 
 来月は、ブラジルでリオのカーニバルもありますし、
 あちらは真夏ですし、ちょうどいいんじゃないでしょうか。
 
 
 
 話は自殺から脱線しますが。
 
 「気持ち」ではなく「行動」を変えるということは、
 あらゆることに応用できます。
 
 病気の人ならば、健康な人と同じような服装をし、
 できるだけ外出してみる、健康なように「振舞ってみる」こと。
 
 病気の人に「私は毎日、どんどん健康になっている」と「言わせた」だけで
 健康になってしまったという話もあります。
 
 そう「言っている」のだから、病気が似合わなくなるんです。
 
 
 「笑い」が病気の治療に効果があるのも、同じことだと思います。
 
 
 笑うと、癌だかなんだかを小さくさせる化学物質が放出されるとか、
 いろいろ理屈はあるんでしょうけれど。
 
 要は「健康な様に振舞えば、健康になる」ということです。
 笑っているという「行動」は、病人には似合わないから、健康になるという話。
 
 (これを逆にすれば、健康な人でも、パジャマを着て入院すれば、
  何かしらの病気になってしまうということ)
 
 (ついでに言えば、かの有名な「囚人と看守の実験」も、同じことです。
  外見を変えれば、気持ちが変わってしまうということ)
  → http://tinyurl.com/y3554m
  
  
 
 読者のうちの40人の方の、特に4人の方々。
 
 なんか、いろいろ嫌になっちゃったら、ピンクの服を買いましょう。
 美容院に行って「すごく明るく見える髪形にしてください」と言いましょう。
 焼肉とか、ステーキとか、元気な人が食べるっぽいものを食べましょう。
 ラテンのバカ明るい曲を聴いて、麦藁帽子をかぶって過ごしましょう。
 ディズニーランドに行きましょう。コメディ映画を観まくりましょう。
 ギャクマンガを読みまくりましょう。早寝早起きしましょう。夜は寝ましょう。
 そんなことをやるのは嫌でしょうけれど、無理やりにでもやりましょう。
 
 2月にはリオのカーニバルがありますから、観にいってみましょう。
 お金がなければ、誰かか、もしくはどこかから借りましょう。
 サラ金から借りても、ブラジルまで逃げちゃえば、追ってきません。
 (サンパウロには日系コミュニティがあるから、もぐりこんじゃえ)
 (後は野となれ山となれ。地球の裏に逃げちゃえばいいんです)
 
 よれよれのスーツとか、暗色系の服は全部捨てちゃいましょう。
 暗〜い感じの本があれば、全部捨てちゃいましょう。
 「地球の歩き方」の、カリブ海編と、ミクロネシア編を買ってきましょう。
 
 気持ちを変える必要は、無いんです。外側を変えましょう。
 外見を、とにかく「明るく振舞っている」感じにしてみましょう。
 元気を出さなくてもいいですから、とりあえず焼肉を食べましょう。
 
 
 
 ま、何が言いたいかというと。
 
 
 
 どうせ100年くらいしたら嫌でも死ぬんですから、
 そんなに急ぐこともないじゃぁないか、ということですよ。
 
 そして、今年死ぬかもしれない4人の方々は、
 ぜひアロハシャツを着て、ブラジルに行って、今年を生き延びて、
 年末の「まぐまぐ大賞2009」に一票を投じていただければと思うのです。
 (ブラジルのネットカフェから投票すればいいと思う)
 

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posted by 加藤のどか at 11:16| 高知 ☁| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

自殺について

 
 日本中で、1年間に自殺する人は、3万人を超えています。
 
 って、当たり前のようにニュースなどでも報道されていますけれど。
 
 
 
 これ、すごいことですよね。
 
 
 
 さらに言えば、3万人というのは「自殺」と確定した人数であり、
 実質の自殺者は、それよりも、はるかに多いと予想されています。
 
 WHO(世界保健機構)によれば、
 「変死」と区分される人の半分は、自殺者であるとされています。
 
 総務省『自殺予防に関する調査結果報告書』
 http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/pdf/051201_2_4.pdf
 ↑この104ページ参照(PDFファイル)
 
 日本で「変死」とされている死者は、年間12万人。
 すると、半分が自殺だとして、6万人が「隠れ自殺者」。
 (実際には自殺だけれど、変死として処理されて、3万人には含まれない)
 
 
 これを加えるだけでも、3万+6万=9万人ですが。
 
 
 さらに「失踪者」が、年間で1万3000人いるそうです。
 
 失踪者のほとんどが「自殺者」だそうですから(発見されないだけ)、
 さらにプラス、年間1万人が自殺しているとすれば。
 
 
 3万(確定自殺者)+6万人(変死とされる)+1万人(失踪者とされる)
 =10万人。
 
 
 日本では、1年間に、10万人もの人が自殺しているのです。
 
 
 
 すごいことですよ。10万人ですよ、10万人。
 原爆が毎年1回、コンスタントに落ちているようなものですよ。
 
 1日にすれば、約300人。毎日300人が自殺しているんです。
 どえらいことです。超社会的問題です。
 
 今日なんか週の仕事はじめだから、今日、
 日本中で400人くらいは自殺しているはずなんです。すごい話ですよ。
 
 
 
 しかし。
 
 
 
 自殺に対する社会のとる態度というのは、ほぼ一つだけ。
 
 「無視」です。
 
 
 
 「3万人を超えた」と言われても、大変だ、大問題だ、と「言う」だけ。
 
 ただ、それだけ。
 
 ちょこっと、カウンセラーだとか、電話相談窓口を設けるだけ。
 それも、自治体レベルで小規模に。
 
 自殺対策に何千億円をかけるとか、そんな話は、聞いたことありません。
 (でも、もし「1日に300人が死ぬ疫病」が流行っていれば、
  大問題になるし、国も全力で対応するんでしょうけれど・・・)
 
 
 一方。
 
 
 森山直太朗さんが「いっそ小さく死ねばいい」とか唄えば
 「自殺を助長している」とか騒ぎ立てるし。
 
 有名人が自殺すれば、知り合いのタレントは
 「何かの事故だと思う」「あの人が自殺するはずがない」などと言うし。
 (それは、ただ目をそむけているだけなのではないか)

 
 
 要は「自殺と口にすることも、いけない」
 というような「無視」の風潮があると思うのです。
 
 自殺者に対しても「その人なりの理由があったんだろうし」くらいの反応。
 
 「不況だから」だとか「気持ちが弱かったから」などという、
 どーでもいいような理由をつけて、一方的に納得してしまいます。
 
 
 
 しかし。年間10万人ですよ。
 
 
 
 未遂者とか、自殺を考えるレベルの人まで含めたら、
 その10倍、年間100万人くらいは、いるでしょう。
 
 100万人といったら、日本人の100人に1人。
 
 このメルマガの読者さんが4000人くらいですから、
 そのうち40人は自殺を考えていて、今年中に4人が自殺する、
 というくらいの確率なんですよ。
 (実際に皆さんの身の回りでも、100人に1人くらい
  「自殺を考えている人」は、必ずいると思います)
 
 
 さて。
 
 
 このメルマガの読者さんのうち4人が、今年中に自殺するとなれば。
 
 
 僕としても、他人事ではなくなるわけです。
 
 
 僕は「メルマガの読者数が減る」ことが、何より嫌ですから(゜△ ゜)
 
 
 
 ということで。
 
 明日のメルマガは40人の方々、そのうち特に4人の方々に対して、
 「自殺をしたくなくなる方法」と題して、お送りします。
 
 明日まで死なずに、お待ちください。


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2009年01月12日

ニュース・情報源

 
 高知に住み始めてですから、もう3年近く。
 
 
 その間、一切、新聞を取っていません。
 
 
 特に、主義主張があったわけでもなく。
 
 東京みたいに、引っ越したらすぐに新聞勧誘が来るようなことも無かったので、
 なんとなく読まないでいたら、今まで来てしまいました。
 
 新聞が生活から消えてみて、思うんですが。
 
 
 
 いらないね、アレ。(゜△ ゜)
 
 
 
 もっとも、僕は新聞を読んでいた頃でも、
 テレビ欄・スポーツ欄・四コマ漫画しか読んでいませんでしたから。
 
 無くなったところで、全然支障は無かったんですが。
 
 
 今の時代、ネットさえつながっていれば、
 新聞よりも早くニュースが知れるし、テレビもあるんだし。
 
 新聞の存在価値というのは、低下している一方ですね。
 
 
 
 さて。
 
 そこで、ふと思ったんですが。
 
 
 
 そもそも、ニュースって、知る必要があるのだろうか?
 
 
 
 新聞に限らず、テレビでも、ネットでもいいですけれど。
 
 「ニュースを知っていることは大人の条件」、みたいな常識が、ありますよね。
 
 中学生が、国語の先生に言われて、天声人語を読み始めたり。
 高校生が、大学入試のために、社説を読み始めたり。
 大学生が、就職活動のために、日経新聞を読み始めたり。
 
 社会人になっても、電車内で「少年ジャンプ」を読むよりは、
 「日本経済新聞(もしくは三大全国紙)」を読んでいるほうが、
 いいイメージがあります。
 
 バラエティ番組を観ているよりも、
 NHKニュースを観ていたほうが、「賢い」というイメージです。
 
 
 が。
 
 
 ニュースって、なぜ知る必要があるんでしょうね。
 
 
 今、手元に新聞が無いので、ヤフーニュースのトップをコピーしてみますと。
 
・内閣不支持が7割超
・読売調査新成人 県道逆走や半裸で乱入
・インドネシア沖でフェリー沈没
・中国 23億人の大移動始まる
・育ての母消え子ザル再び独り
・「テトリス」がPTSD和らげる 英
・新大関の日馬富士は黒星発進
・情報源のブログ 番組側が自作
 
 なーんて感じですが。
 
 
 全く、我々の生活に関係ない話ばかりですよね。
 どーでもいいことばかりです。
 
 
 黒人がアメリカの大統領になろうが、パレスチナで戦争が起きようが、
 アフリカで飛行機が墜落しようが、北海道で火事が起きようが。
 
 我々の生活には、全く関係ありません。
 
 
 不況不況とニュースで言われているので、
 皆さんも「不況」だと思っているでしょうけれど。
 
 本当に「不況」を実感している人間は、どのくらいいるのでしょうか。
 少なくとも、僕は、ニュースの情報が無ければ「不況」は実感しませんし。
 
 
 必要以上に、新聞やらテレビやらで、ニュースの情報を知ることにより、
 かえって、自分の生活を見失いはしないか。なぁんて、思ってしまうのです。
 
 
 
 話は、ちょっと変わりますけれど。
 
 
 
 最近というほど最近でもないですが、
 おバカタレントと言われている方々が人気になっています。
 
 残念ながら、うちの地域では「ヘキサゴン」が放送されていないので、
 かの番組を観ることは出来ないのですが。
 
 ま、「おバカタレント」については、人並みには知っております。
 
 
 ああいう方々を見ていると、いかに、
 学校やら新聞やらの知識が無意味かということが、よく分かります。
 
 おバカタレントの方々が、本当に知識が無いのか、
 台本なのか、クイズ形式の大喜利なのかは、知りませんけれど。。。
 
 
 ま、仮にアレが本当だとして。
 
 
 あの方々は、社会的にはすごく成功しているし、
 きちんと生活している方々ですよね。
 (じゃなきゃ、テレビ局も使ってくれないでしょうし)
 
 小学校で習う知識は、知らないのかもしれないですけれど、
 きちんと社会で生きていく知恵は、持っているんですし。
 
 
 一方、派遣村の方々に「小学校のテスト」をやらせたら、
 満点を取る人も、いっぱいいると思うんですよ。
 
 ああいうクイズ番組を観るたびに、
 いかに世間一般で必要だと思われている知識が、
 いらないものかを、痛感してしまうのです。
 
 鳥取と島根の区別がつかなくても、普通に生きられるんですよね。
 
 
 
 また、話が脱線しますけれど。
 
 
 
 義務教育で「詰め込み」をするのは、大賛成なんですよ。
 
 以前に「農業を義務教育に」という話をしましたけれど、それと同じで、
 子供に「機会」を与えることは必要ですから、教育は必要なんです。
 
 ・・・ここは、一見すると矛盾しているようなので、
 ちょっと説明が必要ですが。
 
 「詰め込み」をするべきだけれども、
 「勉強が出来るようにする」必要は無い、ということ。
 
 教育というのは、あくまで「機会」を与えるだけのものであり、
 幅広く、浅く、いろいろな分野をするべきであり。
 
 都道府県や星座を全部教えたりする必要は無い、ということ。
 
 「知識を授ける必要はある。知識を覚えさせる必要は無い」
 
 ということです。一言で、僕の教育観を言うならば。
 
 
 
 話を戻して。
 
 子供だったら、ニュースや新聞というものは、
 読んでもいいと思うんですけれど。
 
 大人になって、ある程度、自分で考えられるようになり、
 家庭を持ち、仕事を持ち、生き方が定まっている人ならば。
 
 
 
 あんまり、新聞やテレビニュースは、観ないほうがいいんじゃないか。

 意識的に、ニュース情報は避けるべきなんじゃないのか。
 
 外国で戦争が起きたりとか、誰かが死んだとか、どこで火事が起きたとか。
 そんな暗いことばかりを知って、どうするのだろうか。
 NYダウがいくらか知る必要がある人が、どのくらいいるのだろうか。
 
 その分、もっと身近なことに、気をつけるべきじゃないのか。
 
 
 
 ・・・と、思うんですよ。
 
 試してみたい方は、1ヶ月ほどでいいですけれど、
 新聞を解約して、テレビのニュースも、ネットのニュースも観ずに、
 過ごしてみては、いかがでしょうか。
 
 今まで「ニュース」に費やした時間が、どこに流れるか、
 意識してみると、面白いと思います。
 
 人の意見(ニュース)を意識的に避けることにより、
 いろいろ、自分で考えることも、出てくると思います。
 
 
 
 なんてことを主張してみる「都会育ちの田舎暮らし」は、
 まぐまぐの「ニュース・情報源部門」に所属しているんですがね。


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