2009年01月27日

家探しのステップ

 
 田舎暮らしのハードルって、いろいろ言われていますけれど、
 結局は2つに大別されるんですよね。
 
 
 家と仕事。
 
 
 この2つさえ、どうにかなれば、誰だって田舎暮らしができると思います。
 (あと、家庭内の問題とかはあるでしょうけれど、そんなこた知らん)
 
 今回は「家」について、取り上げてみようと思います。


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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月19日

餅まき

 
 「餅まき」なるものを体験しました。
 
 以前から、その存在自体は知っていたんですよ。
 テレビなんかで見たこともあるし、どんなものかは知っていたんですが。
 
 体験したのは、田舎に来てからが初めてでした。
 
 
 
 餅まきを知らない方のために、どんなものか説明しますと。
 
 その名のとおり、餅をまくんですよ。
 
 
 家の上棟式とか、神社の祭りなどで、餅まき係の人が
 集まった人々に対して、餅をまくんです。お祝い事の行事ですね。
 
 
 餅といっても、つきたての餅をスライムよろしく撒き散らすのではなく。
 
 乾燥させた、丸い餅をビニール袋に入れたものを、まくんです。
 
 
 餅1個の大きさは、100円ショップで売っている朱肉台くらいの大きさ。
 直径7〜8センチの、円盤状のもの。ちょっと小ぶりの餅ですね。
 
 こいつが、紅白一つずつビニール袋に入れられた状態のものが、
 ちょっと高いところに位置どった餅まき人の手によって、まかれるわけです。
 
 
 
 うちの町では、秋祭りの最後に、この「餅まき」が行われます。
 
 
 
 僕の想像としては。
  
 一人あたり1個(1袋)くらいの餅が、まんべんなく回るくらいに、
 餅を放り投げてくれて、それを拾って、はい終わり。
 
 わきあいあいとした雰囲気の中、
 「あれ、おばあちゃん、お餅もらえなかったの? 僕のいる?」
 みたいに譲り合ったりするような、ほのぼのとした田舎の行事が
 「餅まき」だと思っていたんです。
 
 
 
 が。
 
 
 
 実際は、バトル。(゜△ ゜)
 
 
 
 神(餅をまく人)が、その両の手から餅を放つと同時に、
 平和な祭りが行われていた会場は、餅をめぐるバトルフィールドへと、
 一瞬にしてその姿を変貌させました。
 
 
 全身全霊をかけて、餅を掴もうと手を伸ばす、老若男女。
 
 とびかう喚声、あふれる怒号、ぶつかりあう幾多の肉体。
 
 
 人より背の高き者は、天空を舞う餅に飛び掛り。
 人より背の低き者は、地に落ちた餅を掠め取り。
 
 おのおのの武器(紙袋・帽子・コートなど)を広げ、
 一つでも多くの餅を手に入れようと、隣の者を突き飛ばし。
 
 
 老若男女のハンデ無し。力のある者だけが、餅を手にすることができる。
 
 
 
 
 
 そこは、餅という名の弾丸飛び交う戦場でした。
 
 
 
 
 
 ほかの田舎は、どうかは知りませんが。
 
 うちの周りの人々の「餅まき」にかける情熱は、ハンパ無いです。
 
 ときどき、都会のど真ん中で、ビルの屋上から紙幣をばらまく
 奇特な方が、いらっしゃいますけれど。
 
 札束をばらかまれた人ごみも、これほどの戦場にはならないと思います。
 
 
 なぜなら、心の準備が違うから。
 
 もし、渋谷のセンター街の上空から一万円札が大量に降ってきたとしても、
 大半の人は、すぐに「全力で拾う」という行動には移らないでしょうし、
 「あれ?」「何が起こっているの?」という戸惑いが、まず襲うはずです。
 
 しかし、餅まきの場合は、(僕以外の)すべての人の心には、
 完璧に準備が整えられているのです。
 
 
 一つでも、多くの餅を拾う!
 
 
 そこに全神経を集中させているのです。
 (なぜ、そんなに餅が欲しいのか、理由は分からない)
 
 ですから、餅が舞うと同時に、一瞬にして、全員が全力で行動する。
 
 もし、渋谷のセンター街に一万円札が降ってきたとしても、
 餅まきほどの「全力の戦い」は、見ることができないと思うのです。
 
 
 
 餅を拾う人も人なら、餅を撒く神も神。(神の正体は、祭りの実行委員)
 
 
 餅がね、「直線」で飛んでくるんですよ。
 
 
 
 あのね、餅は一応、硬いんですよ。
 鏡餅とか、普通に硬いじゃないですか。あれと同じことですよ。
 
 餅同士をぶつけあったら、カチカチと音がするくらいの硬さは、あります。
 
 しかも、ちょうど手のひらに収まるくらいの、
 非常に投げやすいサイズなんですよね。餅。
 
 
 それを、全力で投げてきやがります。神々は。
 
 
 結果、餅が山なりではなく、ほぼ直線で飛んでくる。
 
 もうね、お前はガルベスかと。(危険球で有名な元巨人の投手)
 そう言いたくなるほど、餅で「攻撃」してくるんですよ、神々(実行委員)が。
 
 
 さらに、餅の量が多い。
 
 何百人かは集まっている会場にて、餅がまかれるんですけれど、
 一人あたり平均で10個くらいの餅が、用意されているんじゃないでしょうか。
 
 何千個というくらいの餅が、まかれ、一瞬にして拾われていくんです。
 
 
 
 そんな餅まきに参加した感想を、率直に言わせていただければ。
 
 
 
 
 痛い(゜△ ゜)
 
 体に餅が当たって、痛い(゜△ ゜)
 
 頭に餅が当たって、痛い。もう嫌。餅なんか嫌い。(゜△ ゜)
 
 
 
 
 田舎の餅まきは、バトルです。
 
 皆さん、ご注意ください。


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posted by 加藤のどか at 11:26| 高知 ☁| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月11日

お金の無い楽しみ

 久しぶりの休み。
 今日は、彼女とデートの予定。
 映画を観て、ショッピングして、雑誌で評判のレストランで食事をし。
 
 楽しい1日を過ごす予定。
 
 
 
 がっ!
 
 
 
 一つ、予定外のことが起きてしまった。
 
 
 お金が無い。
 
 
 そういえば、昨日、酔っ払ってタクシーで帰ってきたとき、
 支払いで全部、使い切っちゃったんだ。
 
 家に置いているお金も無い。現金が一切、無い。
 
 
 そうだ! 銀行に行って下ろしてこよう!
 しかし、何の偶然か、今日は全国一斉銀行ストの日。
 
 店舗はおろか、ATMもすべて使用できない。
 
 
 
 じゃあ、クレジットカードで買い物をして・・・
 
 と思ったけれど、何の偶然か、クレジットカードが
 強力マグネットにサンドイッチされている。
 
 そういえば、砂鉄を集めるために通販で買ったんだった!
 
 強力な磁気を受けて、クレジットカードは、オールリセット。
 ただのカードに逆戻り。
 
 
 
 つまり、お金が全く無い。今日の僕は、無一文。
 
 
 
 でも、彼女とデートの約束をしてしまった。
 (何の偶然か、彼女も全く同じ状況に陥っていた。
  そういえば、二人が出会ったのも、大学の砂鉄同好会だったな・・・)
  
  
 
 そんな状況でも。1日を、楽しく過ごせる人。
 
 
 
 そんな人は、田舎暮らしに向いていると思います。
 
 
 
 よく「田舎では生活費がかからない」と言われますけれど、
 これは逆に言えば、お金を使うような場所が無いということ。
 
 また、普通は、都会から田舎へ移住すれば、
 収入も少なくなってしまうことでしょう。
 
 今までのような消費生活が、出来なくなってしまいます。
 
 
 
 お金を使えない、使いたくても使う場所が無い。
 それでも、いろいろ考えて、1日を楽しく過ごせる。
 
 そんな人こそ、田舎暮らしに向いていると思うのです。
 
 
 
 思えば、田舎での楽しみって、ほとんど「お金」と縁が無いものが多いんです。
 
 山を登ろうが、土いじりをしようが、川で泳ごうが、海で泳ごうが、
 虫を採ろうが、アリが角砂糖を運ぶ様子を3時間観察していようが。
 
 タダ。
 
 「お金を使わない生活」が、非常に多いのです。
 
 
 
 考えてみれば、当たり前のことなんです。
 
 お金を使う経済活動というのは「誰かに何かをしてもらう」ことの対価。
 
 「人間からのサービス(や商品)」に対して「お金」は使われます。
 
 
 だけど、田舎というのは「人間が少なく、自然の多いところ」。
 
 
 人間から受けるサービスは少ないから、お金がかからない。
 自然から受けるサービスが多くなっても、自然はお金を取らない。
 
 「人が少なく、自然の多い土地(=田舎)」で、お金を使わなくなるのは、
 当然のことなんです。(ま、通販狂にでもなったら、別ですけれどね)
 
 
 
 お金を使うこと。
 
 つまり、人から何かのサービスを受けたり、
 人が作ったもので楽しんだりするという「楽しみ方」しか知らない人は。
 
 田舎暮らしをはじめたら、退屈で退屈で、しょうがないと思います。
 
 
 遊べるところが無いんですから。
 
 
 彼にしてみれば、「誰か」に何かをしてほしいけれど、
 してくれる「誰か」がいない。
 
 遊園地みたいな「人のつくったもの」で遊びたい。
 だけど、そんな場所が無い。だから、退屈を持て余します。
 
 
 
 でも、顔を上げて見回せば。
 
 そこには、森もある、川もある、山もある。
 庭では、アリンコが行列をつくり、どこかから餌を運んできている。
 
 そういう状況で「楽しめる」人こそが、田舎暮らしに向いていると思います。
 
 
 
 彼女とのデートの日に。
 何の偶然か、無一文であっても。
 
 そして。そこが、森も、川も、山もない都会であっても。
 
 すごく楽しい1日を過ごせる二人ならば。
 田舎暮らしを始めたって、退屈しないはずです。


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posted by 加藤のどか at 11:13| 高知 ☁| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月08日

恥ずかしいこと

 田舎生活で嫌がられることの、ベスト3に必ず入るもの。
 
 それはボットン便所。正式には「落下式便所」というらしいですね。
 
 
 田舎には下水道の無い地域も多いですから、
 田舎暮らしをしようと思えば、ボットン便所はデフォルトで存在しているもの。
 
 むしろ「下水道がある時点で田舎ではない」という意識を、僕は持ってます。
 
 
 
 ま、結論から言っちゃえば、これは「簡易水洗」というものを
 取り付ければ、ほぼ、通常の水洗便所と変わらずに使用できます。
 
 参考URL→簡易水洗便器工業会 http://www.kbk-net.com/
 
 
 
 「床から下」は、そのまんま。
 地中にタンクがあって、そこに我が分身たちが集合するわけです。
 
 しかし「床から上」が、違うんですね。
 ちょっとした工事(20〜30万くらいか)で、水道管と繋ぎ、
 普通に水で流せるトイレに仕立て上げられるんです。
 
 「流した水」も、地中のタンクに一緒に溜まりますから、
 その分、バキュームカーを要請する頻度は高くなるものの、
 使い勝手は普通の水洗便所とほとんど変わりません。
 
 ボットン便所が嫌だという人には、おすすめできるシステムです。
 
 
 さて。
 
 
 僕が住んでいる町営住宅(家賃15000円の一軒家)は、
 幸い、最初から簡易水洗システムがついていたので、
 ボットン便所の臭さ、不快感なども、全く体験してはいないのですが。
 
 
 一つ、恥ずかしいことがあります。
 
 
 それは、バキュームカーに、
 溜まった分身たちを回収してもらうときのこと。
 
 
 
 バキュームカーが、どうやって回収作業を行うかというと。
 
 家の横にマンホールみたいなものがあって、
 ここを開けて、そこにバキュームカーのホースを突っ込んで、
 分身をゴクゴクと吸い込んで、回収するわけです。
 
 
 
 そのとき。非常に臭いんですよね。
 
 
 
 ま、そらしょうがないんです。自分がしたものなんですから。
 臭いのは、しょうがない。そこは全然OK。我慢しますよ。
 
 
 
 ただ、自分の分身の臭いが近所中にばら撒かれるのは、いかがなものか。
 
 
 
 バキュームカーで回収するときの臭いというのは、
 結構、広い範囲に拡散するんですよ。
 
 車を運転していて、はるか先に回収作業を行うバキュームカーが見えたら、
 完全に窓を閉めて、息を止めて、一気に通り抜けるレベルです。
 
 向こう三軒両隣は勿論のこと、風向きによっては、
 視認できない範囲のご近所にまで、このアロマは届けられるのです。
 
 
 
 これは、田舎の人にとっては、当然のことなのかもしれませんが。
 
 僕は、自分の分身のアロマが近所中に知れ渡るのが、どうも恥ずかしい。
 
 
 
 別に、特殊な匂いがするわけじゃないんですけれどね。
 いたって普通の香りです。皆さんと同じですよ。
 
 でも、ご近所中に嬉々として漂わせる類の香りでは、ありません。
 
 
 
 これ、思春期の女子とかは、どうしているんでしょうね?
 
 一家で住んでいれば、自分だけのアロマではないにしろ、
 自分のソレも含まれているわけですからね。
 
 想いを寄せる男の子には、回収時には、
 絶対に通りかかってほしくないでしょう。恥ずかしいでしょう、普通。
 
 絶対にクラスメートがいない修学旅行時とかを狙って、
 汲取ってもらうんでしょうかね。
 
 
 
 あの匂いは、隠しようが無いですからね。
 
 汲取り直前に、ミントエッセンシャルオイルを10リットルほどトイレに
 流せば、それなりの香りになるのかもしれませんが。
 
 それはそれで、ご近所に「あの家では何を食べているのだろう?」とか
 思われるでしょうしね。
 
 
 
 ただ一つ、回収作業で、ちょっと良い気分になれることは。
 
 
 
 うちの隣に、犬がいるんですよ。
 
 この犬が、いっつも僕に吠えかかってくる。
 前を通るたびにワンワンワンワンワンワンワンワンと、
 敵意を超剥き出しにしてくるので、僕としても、むかつくんですよね。
 
 こいつが、バキュームカーの回収時には、我がアロマ攻撃にやられて、
 「クゥーン・・・」とか言って、今にも死にそうな声を出す。
 
 
 
 ちょっと、胸がスッキリします。


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2008年12月28日

キジの卵

 田んぼや畑っていうのは、毎年毎年、作物を作っていると、
 だんだんと土地が疲弊してしまいます。
 
 土地が疲弊すると、作物が病気になったり、収穫量が減ってしまうんですね。
 
 ですから、2年〜数年に一度、全く作物を作らず、
 「土地を休ませる」ということを、行います。
 
 
 
 ・・・なんて、知ったように書いていますが。
 
 実際、僕はまだピンと来ていないんですけれどね。
 そりゃ、田舎に引っ越して、まだたったの2年ほど。
 
 一つの土地が疲弊するほど作物も作っていなければ、
 休ませてからの輝かしい復活なんていうのも、体験していませんし。
 
 ただ、知識としては知っているというだけなんですが。
 
 ともかく、田畑は数年に一度、そうやって休ませるわけです。
 
 
 
 ・・・一応、言っておきますと。
 
 ビニールハウスなんかやっていて、設備にお金がかかっている土地で、
 1年も土地を休ませたりしたら採算が合いませんからね。
 
 そういう土地では、毎年毎年休まず、作物をつくるはずです。
 
 土地を休ませるのは、ある意味、土地を休ませられるだけ土地が余っている
 ドイナカに限られるかもしれませんが。
 
 ともかく、うちの周りでは、田畑を数年に一度、休ませるところが多いのです。
 
 
 
 で。
 
 
 
 休ませるってことは、何もしないわけですから、
 1年の間に、草はボウボウに生え茂り、ちょっとした草むらになります。
 
 人間の背丈に近いくらいの草も、生えますね。
 たった1年で、そのくらいの草むらができるワケです。
 
 
 その「草むら」を、どうやって畑に戻すかというと。
 
・一生懸命、草刈機で草を刈りまくる
   ↓
・しばらく放っておくと、刈った草がしんなりする
   ↓
・トラクター(耕運機)で、草と土をまぜこぜする

 という作業を経て、再び畑に元通り、とあいなるわけです。
 
 この「休ませる」という1年をつくることにより、
 地力は復活し、また元気な作物が育つということになるんですね。
 
 
 
 で。
 
 
 
 その「休ませた畑」改め「草むら」を、
 草刈機でウンショウンショと刈っていたところ。
 
 
 
 草むらの中から、卵が出てきました。
 
 
 
 ピンポン玉のような、まあるい卵。
 絵に描いたような「鳥の巣」に、きれいに10個ほど、収まっています。
 
 
 誰の卵だろう?
 
 
 近くの農家さんに聞いてみると、「ほりゃキジの卵や」とのこと。
 
 
 そうか、ちょいと人間が留守にしている間に、
 キジさんがここに住み着いてしまったワケですね。
 
 巣ごと移動してやろうか、でもそうすると親キジは気づかないか。
 じゃあ、しばらく、この周りだけ草むらを残しておくかなぁ・・・
 
 
 なんて思っていたら。
 
 
 「もう、草ぁ刈ってしもうたら、キジは戻ってこんで。
  キジぁ警戒心の強えぇ鳥やからな。人が入ったら、もうあかんで。
  卵もったいないから、もってかえって、食べてみぃやー」
  
 と、先の農家氏。
 
 
 人間が一度、テリトリーに足を踏み入れたと知るや、
 キジの親は、もう二度と戻ってこないそうです。
 
 見捨てられた卵たち。(ま、僕が草を刈ったんだけどね)
 
 すいませんね、母キジさん。せっかく産まれた卵なのに。
 別に悪気があったわけじゃないんですが。
 何の因果か、こうなってしまったのです。
 
 
 田んぼや畑で食べ物をつくるってのは、
 キジをはじめ、いろんな動物の住処を奪うってことでもあるんですが。
 
 そんなことを気にしていては、米や野菜は作れませんし。
 
 ま、しょうがないことです。
 
 
 
 もってかえって、食べたキジの卵の味は。
 
 ほろ苦かっただの、しょっぱかっただの、逆にすごく美味しかっただの言えば
 うまくこの文章もまとまるんでしょうが。
 
 
 
 いたって普通の味でした。


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posted by 加藤のどか at 15:03| 高知 ☀| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月24日

挨拶

 僕の、人に誇れる特技の一つ。
 
 それは、挨拶です。
 
 
 「ノリト君、ユミコさん、このたびはご結婚、誠におめでとうございます。
  これから輝かしい未来を歩まれていくお二人に、ワタクシから、僭越ながら
  一言述べさせていただきます。夫婦で共に歩んでいく人生には、3つの袋が
  大切だといわれております。一つは、給料袋でございます。これから、子供
  を産み、育て、しっかりと家庭を築こうとしていく者として、やはり、家計
  というものは、大変重要なことであります。夫婦しっかり強力し、旦那さん
  は外でしっかり働き、奥さんは内を守る。お互いに足りないところを補いな
  がら協力して生活していくというのが、夫婦のあるべき形ではないかと、私
  などは思うわけでございます。二つめの袋は、堪忍袋でございます。長い夫
  婦生活、時にはお互い、頭にくることもあるかもしれません。まぁ、お若い
  お二人には、まだ想像もつかないかもしれませんが(大人笑い)。先ほどの
  給料袋のことで、いろいろないさかいが起きることもあるかもしれません。
  そんなときに大切になるのは、この二つ目の袋、堪忍袋でございます。時に
  は堪忍袋の緒が切れそうになることも、あると思います。ま、私などは、よ
  く家内の堪忍袋の緒を切らせてしまうこともあるのですが(大人笑い)。お
  二人は、そのようなことが無いように、しっかりと堪忍袋の緒を守り、幸せ
  な家庭を築いていってほしいものです。さて、三つの袋の、最後の一つ。そ
  れは、お袋でございます。お二人を、ここまで立派に育ててくれたお母様方
  の、今までのご苦労、ご辛抱などは、いかばかりのものかと思います。若い
  お二人は、これから子供を産み、育て、新たな家庭を築かれていくわけです
  が、その一方で、今まで育ってきた家庭、お二人のお袋を、何よりも大切に
  していただきたいと思うのです。いままで、お二人を育ててくださったお母
  様を、今度は、お二人が支える番でございます。新郎は、今は新婦のことで
  頭がいっぱいかもしれませんが(大人笑い)、時にはおふくろのことを思い
  出していただきたい。そう思うわけでございます。結婚生活に大切な、三つ
  の袋、給料袋、堪忍袋、そして、お袋。この三つの袋を大切にしていただけ
  れば、大変幸せな結婚生活が待っているものと、私は確信するものでありま
  す。はなはだ簡単ではございますが、これをもちまして、私の挨拶と変えさ
  せていただきたいと思います。お二人とも、本日は、本当におめでとうござ
  います」
  
  
 と、いう類(たぐい)の挨拶ではありません。(長いよ)
 
 
 僕が得意なのは、田舎での挨拶です。
 
 
 
 田舎で暮らし始めて驚いたことの一つが、
 あらゆる人から挨拶を「される」ことでした。
 
 
 下校途中の小学生が「さようならー」
 下校途中の中学生が「さようならー」
 ちょっと不良っぽい高校生になると、軽い会釈。
 
 
 いっときますけれど。全員、知らない人です。
 知らない子供から、挨拶をされまくります。
 (一体、どんな教育をしているんだ???)
 
 
 子供でその調子なんですから、いわんや大人をや。
 
 
 通りすがりのオバチャンが、笑顔で挨拶してくる。
 すれ違う車のドライバーとは、会釈をする。
 
 
 そこらじゅうの人から、挨拶をされてしまうのです。
 
 
 そこでね、思ったんですよ。
 これは、こちらから挨拶をしないと、いけないのではないか。
 
 
 知らない人にでも、とにかく、出会ったら挨拶をしまくる。
 
 これが田舎の流儀です。
 
 いや、どこの田舎もそうだとは言い切れませんけれど。
 少なくとも、うちの周りでの流儀は「とにかく挨拶」です。
 
 
 ここで、難しいこと。
 
 それは「距離とタイミング」です。
 
 
 向こうからされる挨拶を返すのは、誰でも出来ます。
 
 ただ、オウム返しに「こんにちは」「おはようございます」と
 言えばいいんですから。
 
 しかし、こちらから挨拶をしようとなると、
 そこに多少のテクニックが必要となります。
 
 
 
 まず、距離。

 どの程度の距離から、あいさつを始めればいいのか。
 
 また、どの程度の距離ならば、どういう挨拶をすればいいのか。
 
 
 
 近くて、声が簡単に届くところならば、普通に声をかけますが、
 あまりに遠い場合には、声が届きにくいことがあります。
 (例えば、沢を挟んだ隣の田んぼの人に、挨拶するとかいう場合)
 
 そういう場合は、声ではなく「会釈のみ」という
 態度の挨拶に頼ることになるわけです。
 
 ある程度、知った人ならば、手を振ったりというジェスチャーもありますが、
 基本は「笑顔をつくって会釈」ですね。
 
 
 声をかけるか、会釈をするか。
 この距離の見極めが、素人には難しいんですが。
 
 
 僕は、一般の人よりも「声で挨拶」の距離を、大目にとっています。
 普通の人が「30メートル以上なら会釈」ぐらいの感覚なら、
 僕は「50メートル以上で会釈」という感じ。
 
 僕は「元気な若者」キャラですから、
 高齢者よりも、気持ち大目に、距離をとっています。
 
 
 
 そして、タイミングの難しさ。
 
 ほとんどの場合、タイミングが問題になることはありませんが。
 一本道で、向こうから誰かが歩いてくる、なんていう場合。
 
 まず、これを無視するのは、田舎の流儀に反します。
 必ず挨拶はしなければなりません。
 
 それを、どのタイミングでやるか。
 
 向こうもこちらも、お互いの姿は視認しています。
 
 ここで、あまりに早いタイミングで挨拶をしてしまうと、
 挨拶をしてから、実際にすれ違うまでの時間が、
 非常に気まずいものになってしまいます。
 
 かといって、向こうが先に挨拶をしてしまうのも、よくありません。
 
 これは、僕の中で「負け」です。
 移住者たるもの、挨拶のタイミングでは負けるべからず、
 という信念が、僕にはあるのです。
 
 
 
 最近、僕が行っている方法は。
 
 相手を観察しながら、相手が挨拶をしそうな瞬間を見計らい、
 こちらが一瞬先に挨拶をしてしまうという、高等テクニックです。
 
 まず、相手を観察するといっても、ジロジロ見てはいけません。
 まるで「気付いていない」かのように、テクテク歩きます。
 
 視線の中央に相手を捉えるのではなく、
 視野周辺部にて観察する感じですね。
 
 
 
 相手がおばちんならば、20歩前後の距離、
 相手がおじさんならば、10歩前後の距離。
 
 ここが、最も、相手が挨拶を発しやすい距離(テリトリー)。
 
 視野周辺部で相手の動きを観察しつつ、
 相手の顔がこっちを向いた瞬間、口を開きかけた瞬間、
 こちらから一瞬先に、笑顔で「こんにちわー」と挨拶します。
 
 もちろん、ここで「待ち構えていた」という雰囲気を出して、
 相手を驚かせては、いけません。
 
 こちらとしては、ものすごく「待ち構えていた」のですが、
 そこを相手に悟らせず、ごく自然な感じで挨拶をいたしましょう。
 
 まるで「あ、今気付きました!」というかのように、
 まるで、今までは相手に気付いていなかったかのように、
 挨拶を発するのです。
 
 
 
 「田舎の初対面のおばちゃんに対する挨拶の自然さ度合い選手権」
 があったら、僕は結構イイ線にいくと思うんですが。
 
 残念ながら、そんな選手権が開催されるという噂を、耳にしないのです。


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posted by 加藤のどか at 14:58| 高知 ☀| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月21日

田舎の嫁探し企画

 僕がテレビ局の社員だったら、ぜひ企画書を書いて、
 実現させたい番組があるんですが。
 
 残念ながら、というか当然ながら、
 僕はテレビ局の社員ではなく、企画書を提出する相手もいないので。
 
 ここで、一つ書きなぐってみようと思います。
 
 
 
 事の起こりは、何ヶ月か前。
 
 地元の青年会だか何かの会に、参加したんです。
 (僕は、農協の青年部なるものに所属しているので、
  付き合いで、いろんな会に出席しています)
 
 
 地元の青年会とは。
 
 農家だとか、商店だとかの、後継ぎの青年たちの集まり。
 年齢的には、高校卒業直後〜三十代半ばというくらいです。
 
 彼らには、悩みがありました。
 
 
 それは。
 
 
 女。
 
 
 
 嫁が欲しい (゜△ ゜)
 
 
 ということなんだそうです。
 その対策のための、集まりだったんですね。(マジで)
 
 
 
  ※※※ 注意! CAUTION! R−高知県指定 ※※※
    
 この先には、地元民にとって、過激な表現が含まれております。
 大豊町・本山町・土佐町・大川村をはじめ、高知県にお住まいの方々は、
 即刻、メールソフトを閉じられることを、推奨いたします。
 以下の文章には、発行者の地元での立場が危うくなる表現が含まれております。
 
 
 
 高知県山間部には、若い女性がおりません。
 それはそれは、見事なほどに、おりません。
 
 高校生以上、おばさん以下という世代が、すっぽりと抜けております。
 (人妻は除く)
 
 
 
   この村では10年前まで、ヤマタノオロチちゅう怪物がいてのぉ・・・
 
   年頃の娘っ子は、みんな喰われてしもうた・・・(゜△ ゜)
 
 
 
 なんて仙人風のジジイに情感を込めて語られようものなら、
 速攻で信じてしまうほど、適齢期の女性がおりません。(人妻は除く)
 
 
 すなわち。
 
 
 諸般の事情により、地元に残った若者たちにとっては。
 嫁候補がいない。ということなのです。(ちなみに僕は既婚者です)
 
 
 そこで、地元の青年会では、毎年いろんなイベントを企画して、
 「田舎の若者」と「都会の女性」の出会いの場を作ろうとしているんです。
 
 
 そこで、今年のテーマになったのが「ラフティング」。
 
 
 何を隠そう、うちの近くは、ラフティングの有名スポット。
 
 「ラフティング」っていうのは、でっかいゴムボートで、
 急流の川くだりをするスポーツです。
 
 ディズニーランドのスプラッシュマウンテンが、
 超リアルになったものだと思ってくだされば、大体合ってます。
 
 
 青年会が「ラフティング」を、
 出会いの場として設けるのには、根拠があります。
 
 
 いわゆる「吊り橋の法則」ですね。
 
 
 吊り橋のような危険な場所において、そこに居合わせた男女間には、
 時として、理由なき恋心が芽生えることがあります。
 
 吊り橋の「恐怖」と、異性への「恋心」が、
 ともに心拍数が上がるという共通の肉体的反応を持っているために、
 互いに入れ替わりやすい感情なのですね。
 
 「恐怖」があるところに「異性」がいれば、
 自動的に「恋心(に似たような感情)」が芽生えるというのが、
 いわゆる「吊り橋効果」。
 
 
 さらに。
 
 
 ラフティングという共同作業を行うことによって、
 女性は(てきぱきと作業を行う)男性に対して、尊敬の念を抱き、
 そこをきっかけにして、コミュニケーションが発展する。
 
 等々の、いろんな理由がある上で、ラフティングを提案しているんですね。
 
 
 
 正直に言いましょうか。
 
 
 
 もうね。
 
 
 
    ア・フォ・か・と。(゜△ ゜)コエをダイにしてイイタイ。
    (でもジモトだからイワナイ)
 
 なんだ? その中学生が考えたような企画は?
 そんなもんで女が寄ってくるとでも思ってんのか?
 ラフティングをきっかけに、ゆくゆくは男女交際って、ナンだその妄想は?
 
 
 
 もうね。
 
 
 
    ア・フォ・か・と。(゜△ ゜)コエをダイにしてイイタイ。
    でもジモトだからイワナイ。イワナイ。お口にチャック。
    でもキーボードはススンジャウね。彼ラが読ンデないコトをイノル。
 
 
 
 ま、うち(高知県山間部)だけじゃないでしょうけれどね。
 
 どこの田舎も、嫁不足というのは深刻です。
 
 そのために、お見合いパーティーやら、女性限定農業体験やら、
 うちの青年部が企画したようなラフティングやら。
 
 いろいろな催しものをやっているようですが。
 
 
 
 成功したという話を、聞いたことがない。
 
 
 
 当たり前ですよ。
 
 もてない(と、僕が自分を棚に上げていうのも気恥ずかしいが、あえて言う)
 男がいくら集まって考えたところで「もてない企画」しか、出てこないんです。
 
 ラフティングをやれば、2〜3人の「ラフティングが好きな女」は
 集まるかもしれません。そこまでは、可能だとしましょう。
 
 
 その先を、どうするのか?
 
 
 男と女が一緒にいれば、自然に恋が目覚めるとでも思っているのか?
 
 一緒に「ラフティング」という危険体験をすれば、
 女の目がいつの間にかハートマークになっていると思っているのか?
 
 「ともかく、いろんなイベントを企画して、女が集まればOK。
  そこから恋が芽生えなかったら、運が悪いから、しょうがない」的発想。
  
  
 
 そんな企画、50年続けようが、嫁が来るはずありません。
 
 
 
 では、どうすればいいのか?
 
 
 
 そこで、冒頭の「僕がもしテレビ局の社員だったら企画書を〜」という
 話になるのですが。
 
 まず、基本的な僕の考えとして。
 
 
 その道のことは、その道のプロに頼むことです。
 
 
 野菜の作りかたを知りたければ、農家に聞きに行きますよね。
 ヒットの打ち方を知りたければ、野球選手に聞きに行きます。
 
 
 なのに。
 
 
 なぜ、色恋沙汰は、独力で解決しようとするのか。
 
 「田舎の青年会」が、「嫁をゲット」するために、立てる企画。
 
 この場合、青年会は、ただの受益者。
 「嫁をゲット」の専門家では、ありません。
 
 「嫁をゲット」したいのならば、その道の専門家に、お伺いを立てるべき。
 
 
 
 つまり、色恋沙汰の専門家である、ホストさん達に協力してもらうのです。
 
 
 
  舞台は、とある山間部の、少子高齢化が進む村。
  
  そこに取り残された、10人の若者――というには、
  少し年のいった者も含まれている、10人の独身男性。
 
  彼らを、恋愛のプロフェッショナルである、
  ホストがプロデュースし、改造していく。
 
  女性とマトモに話せるよう、性格を叩きなおし。
  人並みの格好になるよう、外見を叩きなおし。
 
  あらゆる手を使い、農家の嫁になる女性を、探し出させる。
  
  街角ナンパ! 初デート! 一緒に農業体験!
  といった、数々のハードルを、彼らはクリアできるのか?
 
  というのを、1年間くらいの期間にわたり追い続ける、
  ドキュメンタリー&バラエティー。
  
  果たして、何人が「結婚」というゴールを迎えられるのか?
 
  司会はさまぁーずの2人と、適当なグラビアアイドルで、
  水曜の深夜30分枠あたりで。
  
  雰囲気は、「電波少年」のような感じで。
  
 
 みたいな番組を、やってみたいと思うんですよ。
 (もし僕がテレビ局の社員ならば)
 
 
 
 なにも、女性をだまくらかして、田舎に連れてこようというのではなく。
 
 「農家の嫁になりたい」という女性だって、必ずいるんです。
 
 
 
 ホストの師匠は、自分の「恋愛テクニック」を、人のために役立てる。
 農家に来るお嫁さんは、憧れのライフスタイルを手に入れられる。
 田舎の独身男性は、待ちに待ったお嫁さんがやってくる。
 
 テレビ局は(うまくいけば)面白いコンテンツが手に入る。
 
 
 
 テレ東あたり、この企画、買ってみませんか? 3000円くらいで。


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タグ:恋愛
posted by 加藤のどか at 13:57| 高知 ☁| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月12日

できること

 世界的な金融危機の余波で、リストラだとか、内定取り消しだとかが、
 大きな問題になっていますね。
 
 働きたくても、働く場所のない、若い人が大勢いるとのこと。
 
 
 
 モッタイナイ!(by ワンガリ・マータイ)
 
 
 
 若い肉体が、有り余るエネルギーを持て余しているとは・・・
 (性的な意味でなく)
 
 
 ぜひ、田舎に来て欲しい!
 
 
 「都会ですら仕事が無いのに、田舎に行って何が出来るんだ」
 
 と、思われるかもしれませんが。
 僕は逆に、都会よりも田舎のほうが、仕事が多い気がしています。
 
 
 
 田舎には、たしかに「仕事の数」は、都会よりも少ないです。
 だから、みんな「仕事がない」といって、都会に出て行きますよね。
 
 
 でも、どうだろうか。
 
 
 僕の感覚だと、「あるレベル以上」の田舎に行くと、
 逆に「必要とされている仕事」よりも、
 「人間」が少なくなっているように、思います。
 
 「仕事の数(絶対数)」は、都会のほうが多いけれど。
 「一人当たりの数」にすれば、田舎のほうが、多いこともあります。
 
 
 まして、ド田舎では、若い人なんて皆無に近いワケですから。
 
 
 そんな田舎に「若い人」がいけば、
 やるべき仕事は、いろいろあるんですよ。
 
 若い人ならば出来る仕事は、いくらでもあります。
 
 
 
 若い人が、うじゃうじゃいる都会では、若い人の「価値」は、低いです。
 でも、若い人がほとんどいない田舎では、若い人の「価値」は、高くなります。
 
 
 「どの会社の面接を受けても落ちるし、学歴もないし、
  コミュニケーション能力も低いし、僕なんか何もできないよ・・・」
  
  
 と、ここ5年来、2階の6畳間に引きこもっている25歳ニートの方でも。
 
 できることは、いろいろ、あるはずです。
 
 
 ・お年寄りには持てない荷物が、持てる。
 
 ・オートマなら、車の運転が出来る。
 
 ・中学生の英語なら、教えられる。
 
 ・小学生の算数なら、教えられる。
 
 ・家の掃除と洗濯くらいなら、できる。
 
 ・パソコンの初期設定が、できる。
 
 ・単純な肉体労働なら、できる。
 
 
 そういう「できること」は「仕事」になります。
 
 
 若い人(もしくは、若い夫婦)が、人口数百人の超ド田舎に引っ越して、
 
 農家手伝い 兼 学習塾 兼 買い物代行 兼 白タク 兼 パン屋さん 兼
 パソコン修理屋 兼 家事代行業 兼 マッサージ師 兼 etc.・・・
 
 なんていう職業(職業とはいえないか?)に就いて、
 生活していくことは、可能じゃないかと思っています。
 
 
 一つ一つの仕事量は、少ないかもしれませんが。
 何しろ、ほかに競争相手が、全くいないですからね。独占状態ですよ。
 
 こんなライフスタイルだって、十分、可能なんじゃないかと思うんです。
 
 
 
 「都会」ならば、何の価値もない「できること」かもしれませんが。
 「田舎」ならば、すごく価値を持つ「できること」に、なるかもしれません。
 
 
 
 「何をしたいか」で、仕事を選ぶ人が多いでしょうが。
 
 そうではなく「何ができるか」で、仕事を選ぶ。
 そして「できること」を、必要としているところに行く。
 
 
 「仕事」というのは、誰かに命じられてやることではなく。
 誰かが必要としていることを、やることだと思います。
 
 今日の話を、1行でまとめるならば。
 
 
 
  人の行く 裏に道あり 花の山
 
 
 
 と、いうことです。


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posted by 加藤のどか at 13:42| 高知 ☁| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月09日

巨大蜘蛛

 
 高知の山奥に、引っ越してきた日。
 
 新しい家に、荷物を運び込み、窓を開けて風を通し。
 これから始まる新生活に、不安と夢を抱いていた、あの日。
 
 
 
 事件は、風呂場で起きました。
 
 
 
 風を通すために、風呂場の窓を開けようと、手をかけた瞬間。
 
 何か動くものが、視界の端を横切りました。
 
 ふと目をやると。
 
 
 
 
 
 巨大なクモがいます。
 
 
 
 
 
 大きさは、CD1枚分。
 昔なつかしきシングルCDじゃないですよ。普通のCDぐらいの大きさ。
 
 壁に張り付いたクモは、すごい速さで天井へ移動してゆきます。
 
 クモの全身は、黒っぽい毛で覆われています。
 
 
 
 タランチュラだっ!
 
 間違いない、タランチュラだ。テレビで見たことある。
 
 全身に鳥肌が立ちました。
 
 
 
 何故、高知の山奥にタランチュラがいるのか、分かりませんが。
 
 いるものは、いるんです。巨大なクモが、こちらを睨んでいるんです。
 
 幻覚ではありません。覚せい剤を打った記憶もありません。
 
 
 
 とりあえず、風呂場は封鎖! 厳戒態勢!
 
 ハリウッド映画に出てくる、黄色い「CAUTION」というテープが
 手元にあれば、あれを風呂場の前に張り巡らしたい気分です。
 
 そして、サイレンを鳴らし、赤いパトランプの光を浴びせたい気分です。
 
 
 
 武器は無いか? ものども、武器を持てぇい!
 
 奥さんが手渡してくれたのは「傘」。今、手に入る最強の武器です。
 
 こいつで、クモの周りの壁を叩きながら脅かして、
 なんとかして窓の外へと追いやる作戦です。
 
 
 
 傘という、なんとも頼りない武器を片手に。
 (心の中で)CAUTIONテープをまたぎ、対決の場へと足を踏み入れます。
 
 
 
 ヤツは、まだ天井にいます。
 
 とりあえず、窓を開け放ち。
 
 なんとか、この窓へと、あのクモを追い込まなくてはいけません。
 
 
 
 おそるおそる、傘の先で、
 クモから50センチほど離れた天井を刺激し、振動を送ってみます。
 
 
 図解すれば、こういう↓形です。
 窓の反対側から刺激し、窓へと追い込む作戦です。
 
 ┏━━━━━━━━━━━━┓
 ┃  クモ 傘      ┃
       傘      ┃ 
 窓     手      ┃
        僕     ┃
 ┃      僕     ┃
 ┃ 湯船   僕     ┃
 ┗━━━━━━━━━━━━┛

 
 ところが、なかなかクモが反応しない。
 いくら、離れたところから、ドンドン天井を叩こうとも、動かない。
 
 
 
 死んだのか?(希望的観測)
 
 
 
 50センチくらいの距離をおいて始めた「傘での天井振動攻撃」ですが、
 だんだん距離は近くなり、今や10センチ。
 
 
 
 ちょっと、クモに触れてみようかな?
 
 
 
 ほんの少し、傘の先が、クモの足に触れた瞬間。
 
 
 
 
  天 井
   ↓
   ↓
   ↓
   ↓
  ボトッ
 
 
 
 
 イヤァァッァァアァァアアァッアァァ!!!
 タランチュラ落ちてきたシィィィイイエァイァアィ!!!(゜△ ゜)
 
 
 
 パニックになるタランチュラ。
 
 そして、パニックになる僕。
 
 
 
 必死に
 「傘の先端でクモの周囲の床や壁を刺激し窓へと追い込む作戦」
 を実施! 勇気を振り絞って実施! がむしゃらに実施!
 
 
 
 クモは、文字通り、逃げるようにして、窓から出てゆきました。
 
 
 
 素早く、窓を閉め!
 
 家の外から、風呂場の窓を見てみると!
 
 家から追い出されたアイツがいます。外壁に張りついています。
 
 
 
 今までの戦いは、幻覚ではありませんでした。
 
 
 
 タランチュラの出る家。
 
 何故だ? タランチュラは、熱帯の生き物ではなかったのか?
 
 誰かが無責任に捨てたペットが、高知県では野生化しているのか?
 
 
 
 明るい新生活を向かえるはずの、高知の新居には。
 
 かなりインパクトのある、先客がおりました。
 
 
 
 
 
 
 ・・・と、いうのが。
 
 僕と「アシダカグモ」の、初めての出会いです♪(゜▽ ゜)
 (タランチュラじゃなかったヨ!)
 
 その後、必死になってネットで情報収集したところ、
 件(くだん)のクモの名は、アシダカグモということが判明。
 
★画像を見たいという度胸のあるヤツは、自己責任でクリックしろ!
 
 http://www.asahi-net.or.jp/~AQ6T-HRG/p200004.htm
 http://bunbuku2.web.fc2.com/s-asidakagumo.html
 http://mushinavi.com/navi-insect/data-kumo_asidaka.htm

 ↑こんなヤツが、風呂場に出たわけです。
 
 
 この外見からは、どう見ても、
 噛まれたら5分で死に至るレベルの「劇毒蜘蛛」なんですが。
 
 
 しかし。
 
 
 この「アシダカグモ」というヤツ。
 
 毒は、全くありません。
 基本的に、性格は臆病であり、人間に危害を加えることは一切なし。
 
 それどころか、アシダカグモの主食は「ゴキブリ」なので、
 家の中のゴキブリを一掃してくれる「益虫」だということです。
 
 アシダカグモが1〜2匹いたならば、
 その家のゴキブリは絶滅すると言われているくらいの、
 「全自動ゴキブリホイホイ(無料)」こそが、アシダカグモの正体。
 
 アシダカグモは、ゴキブリと違い、
 人間の食物の上を動き回り、雑菌を振りまくということも、ありません。
 
 やっていることだけを見れば「すごくイイヤツ」らしいんです。
 
 
 
 がっ。
 
 
 
 あんなものが家にいるのは嫌っ!
 
 ゴキブリがいてもいい! アシダカグモは嫌っ!
 
 と、僕は思います。
 
 
 
 事実。
 
 今でも、ときどき、アシダカグモは出現します。
 
 そのときは、再びパニックですよ。
 トイレで夜中に出会おうものなら、マジで「ひいっ」とか言っちゃいますよ。
 
 そんなときは、虫取り網を持ち出して、何とかして捕獲します。
 
 殺すのは嫌ですからね。
 
 命がどうのこうのより、あんな巨大蜘蛛を殺すのなんて、不可能。
 そんな度胸は、僕には装備されておりません。
 
 毎度、アシダカグモが出るたびに、虫取り網で捕獲し、
 歩いて1分ほどの河原へと放ちにいきます。
 
 
 
 このアシダカグモ。
 関東以北には出現しません。
 
 近畿・中国・四国・九州などの、暖かい地方に出現する生き物です。
 
 
 
 西日本で、田舎暮らしを考えていらっしゃる方々へ。
 
 
 
 この蜘蛛。確実に出ます。ゼッタイに出ます。
 
 といっても、やはり嫌でしょう。普通は嫌です。
 
 
 
 では、どんな対策法が、効果があるのか。
 
 「こまめに掃除をして、餌であるゴキブリを家から無くす」
 というのが、メジャーな対策法ですが。これは、二番目の対策法。
 
 
 
 一番の対策法は「無視」です。気にしないこと。
 
 実害は全く無いんですから、壁に張り付いていようが、何してようが、
 視界に入れないこと。ゴキブリホイホイが働いていると思ってください。
 
 
 
 事実、生まれてから田舎に住み続ける生粋の田舎民は、
 「無視」という方法で対応しています。
 
 僕が「手のひらぐらいある、でっかい蜘蛛が出たんですよぉ〜!」
 なんて言っても。
 
 「ああ、いるね〜。うちにもいるよ〜」
 
 くらいのテンション。
 
 何それ? 何そのローテンション? ありえないんだけど。

 こっちが期待する反応は
 「あの巨大蜘蛛! うちにも出るよ! そのたびにパニックだよね!」
 という、「あるある体験」をしたいんですが。
 
 「クモいるよ〜。で、それがどーかしたの?」的なテンション。
 頭おかしいよ、あんた。少しぐらいビックリしろよ! あんなのが出たらよ!
 
 しかし、この「無視するスキル」こそが、田舎暮らしには必要なのです。
 
 
 ここで一句。
 
 
 
 
 
   『恐るべし サラブレッドの 田舎者』
 
 
 
 
 
 僕がアシダカグモを無視できる日々は、やってくるのでしょうか。


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posted by 加藤のどか at 13:38| 高知 ☁| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月07日

限界集落再生策

 限界集落って言葉があります。
 
 人口の半分以上が65歳になり、いずれは、
 滅びるより他に道は無い、という集落。
 
 実際、日本では1年間に、数十もの集落が「消滅」しているとのこと。
 
 
 こういう、限界集落・消滅集落の「再生策」として、
 一つアイデアがあるんですが。書かせてもらいます。

>全国の限界集落に、お住まいの方々へ
 
 それは。
 
 一言でいえば「絵に描いたような田舎をつくる」こと。
 
 
 僕は、移住地を探したり何だりする過程で、
 結構な数の「田舎」を目にしたんですが。
 
 意外と「絵に描いたような田舎」って、無いんです。
 
 
 
 「絵に描いたような田舎」とは。
 
 田舎を知らない、僕のような都会人が夢想する「田舎」です。
 
 茅葺き屋根の農家があって、庭先には季節の野菜があって、
 田んぼがあって、小川があって、雑木林があって。
 
 「日本昔ばなし」に出てきそうな「田舎」です。
 
 
 
 でも、実際の田舎といえば。
 
 国道沿いには、色とりどりの看板を掲げたチェーン店が並び。
 田んぼの中には、ところどころ、ビニールハウスが立ち並び。
 怪しげなキリスト教や、金融会社(マルフク)の看板が並び。
 
 現実の世界ですから、現実感があるのは、当たり前なんですが。
 
 都会人が思い描く「田舎」とは、ほど遠いものが多いのです。
 
 
 
 ですから。
 
 「絵に描いたような田舎」を、造ってみる。ということ。
 
 消滅集落は、一応、「民家」や「田畑」は、残っています。
 土地としては「集落」の造成が済んでいる形ですね。
 
 その土地を利用して、「日本昔ばなし」に出てくるような田舎を造る。
 
 茅葺き屋根の農家を建て、小川をつくり、水車を回す。
 ビニールハウスは、一切なし。道路も舗装しない。電信柱も無し。
 もちろん、道端に看板なんか一切無し。
 
 そういう「絵に描いたような田舎」を造り、リゾートとして売り出すんです。
 
 
 
 カリブの島々のリゾートって、「絵に描いたような南の島」を
 造って、成功していますよね。
 
 椰子の木があり、白い砂浜があり、青い海があり・・・
 
 アレを参考にする感じで、日本の消滅集落をプロデュースしてみる。
 「日本の田舎」をテーマにした、夢の世界を造るんです。
 
 
 
 リゾートですから「茅葺き屋根」の宿泊施設も、
 内部は、近代的な、快適なものにしましょう。
 
 地中に電線や光ファイバーを通し、最高のネット環境を実現。
 冷暖房完備。暑さ寒さは感じさせない、夢の世界。
 交通機関は、ヘリポートを用意し、空港から直行。
 
 
 
 想定する顧客は、諸外国のセレブや、日本のお金持ち。
 最低で1泊10万くらい? 僕はセレブじゃないので相場が分かりませんが、
 まぁ、セレブ相場で適当に。
 
 心地よい宿泊施設に泊まりながら、
 江戸時代の日本のような自然と四季を満喫できる、日本のリゾート。
 
 日本人にすれば「ああ、昔の日本って、こんなところだったんだな」
 外国人にすれば「クロサワムービーで観たニッポンですネ!」
 と思わせるような、集落ぐるみのリゾートをつくる。
 
 見える範囲の土地は、すべて買い占めましょう。
 (どーせ、限界集落の周りの山なんて、タダみたいなものだ)
 
 周りのスギ・ヒノキのような人工林は、雑木林にすべて植え替え。
 可能ならば、上空を飛行機が飛ばないように、制限したいものですね。
 
 
 
 なーんて「絵に描いたような田舎リゾート構想」を。
 
 日本のド田舎自治体と、海外のリゾート開発資本が提携して
 造ったりしたら、面白いと思うんですが。
 
 誰かやりませんか?
 誰もやらなかったら、僕がいつかやる鴨。南蛮。そば。ンマイ!(゜▽ ゜)


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posted by 加藤のどか at 13:35| 高知 ☁| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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