2009年05月27日

山桜と染井吉野

夜桜.jpg
 
 
 山桜というのは、花と葉が同時に顔を出します。
 
 
 田舎に住むまで、桜といえば染井吉野(ソメイヨシノ)のことでした。
 
 実家の近くに桜並木があり、毎年春になると、
 何十本もの樹が一斉に花を咲かせていました。
 
 染井吉野の他にも桜があるということは、知ってはいたものの、
 実際に山桜を目にしたのは、田舎に住み始めてからのことだったと思います。

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 山桜というのは、花と葉が同時に顔を出します。
 淡いピンクの花と、萌黄色の若葉とが交じり合って咲いているのです。
 
 染井吉野を見慣れた目にすれば、その姿は野暮ったく、
 桜のイメージにはそぐわないものです。
 
 一斉に咲き誇り、一斉に散る、あの慣れ親しんだ染井吉野とは違い、
 山桜は野山の木々に溶け込んでいます。
 
 まるで、誰に見せなくとも良いといった風情で、花を咲かせています。
 
 
 
 染井吉野という桜は、すべて同一の遺伝子を持ったクローンです。
 
 九段の桜も、上野の桜も、ワシントンの桜も、近所の公園の桜も、
 すべて遺伝子的には同じ一本の桜なのです。
 
 染井吉野は、種では増えない品種です。
 増やすには「接ぎ木」で増やすしかありません。
 
 今から300年ほど前、江戸の染井村(現在の駒込あたり)で誕生した
 一本の染井吉野が、接ぎ木によって増やされて、
 世界中に散らばっているんです。
 
 
 
 すべての染井吉野は同一の遺伝子を持ったクローンのため、
 一斉に咲き、一斉に散ります。
 
 
 
 染井吉野という樹は、人間と運命を共にしている樹です。
 人の手により開発され、人の手によってしか増えることは出来ません。
 
 山の中で誰にも見られることなく、ひっそりと咲く染井吉野は、ありません。
 
 染井吉野は、人に見られることによってしか、存在し得ません。
 もし人類が滅びたら、染井吉野も滅びます。
 
 自分で種を結び、増えることの出来ない桜が、染井吉野です。
 
 
 
 僕は山桜よりも、染井吉野のほうが好きです。
 
 病的なまでに咲き誇り、一斉に花を散らす、その不自然さ。
 染井吉野は都会の花です。東京の花です。
 
 300年前、当時は世界一の大都市であった、江戸の生み出した花です。
 田舎の野山には存在しない、あったところでそぐわない、そんな花です。
 
 
 
 実を結ぶためではなく、人に見られるためだけに花を咲かせる染井吉野。
 
 僕は、山桜よりも染井吉野のほうが、今はまだ好きなんです。
 

  
 東京の実家近くの桜並木は、深夜、蛍光灯の光に照らされていました。
 
 山桜には、月の光が似合います。染井吉野には、蛍光灯がよく似合います。
 

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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☔| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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