2009年05月26日

不労所得

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 「不労所得」というものがあります。
 
 不労所得というのは「寝ていても得られる収入」。
 
 
 例えば、銀行の利子。
 例えば、株式の配当。
 例えば、所有アパートの家賃。
 
 そういうものが「不労所得」と呼ばれるものです。
 
 
 この不労所得が多くなれば、「寝てくらせる身分」になるわけです。
 
 資産10億円ある人が、10億円を銀行に預けて、年1%の利子を得た。
 すると、この人は何もしなくても年収1000万円になりますね。
 
 全く働かなくても、収入が約束されている状態になるということです。

続きを読む前に

 
 
 不労所得については、日系アメリカ人のロバート・キヨサキさんの著書
 『金持ち父さんシリーズ』によって、多くの人が知るものとなりました。
 
 僕も10年近く前になりますが、『金持ち父さん・貧乏父さん』を読んで、
 この世にこんなお金の稼ぎ方があったのかと、衝撃を受けたものです。
 
 
 
 『金持ち父さんシリーズ』をはじめ、不労所得に関する本の多くは、
 「自分の支出以上の不労所得を得て、やりたいことをやろう」というような
 ライフスタイルを薦めています。
 
 たしかに、それは素晴らしく魅力的なライフスタイル。
 
 僕も年間1億円くらいの不労所得があったら、言うことありません。
 
 
 
 でも、当たり前のことですけれども、
 「みんなが不労所得だけで生活できることは、無い」のです。
 
 
 
 ある人が不労所得を得ているということは、
 必ず、他の人が「労働に見合わない低賃金」を得ているということ。
 
 プラスマイナスは、必ずゼロになります。
 1億円の不労所得の裏には、1億円分の賃金を得ていない人がいる。
 
 無から利益が生み出されるわけないんですから。
 
 
 
 別に、僕はここで「すべての労働者は資本家に搾取されている」だとか「日本
 にも共産革命を」だとか「人民に幸福追求の権利を」などという激熱なことを
 言いたいわけじゃないんです。
 
 ただ、最も正しい「労働と賃金のバランス」というのは、
 低賃金で長時間働く労働者と、不労所得を得る資本家との、
 中間あたりにあるということを言いたいのです。
 
 
 
 一応断っておきますけれども、個人の好みとしては、不労所得は欲しいですよ。
 先ほど書いたように、何もせずに年収1億くらい入ってくれば嬉しいですね♪
 
 でも、人間の働く姿としてどういう形態が正しいかと考えたときには、
 世の中に、不労所得などが一切無い経済システムのほうが、
 正しいという気がするのです。
 
 僕がどうこう出来るような小さな問題では無いでしょうし、
 たとえ僕が日本国総理大臣であろうとも解決できない問題だと思いますが。
 
 
 
 過ぎたるは及ばざるが如し、というように。
 
 
 
 年間1億の不労所得と、年間350日×15時間労働での年収300万円は
 同じことなのかな、なんてセンチメンタルなことを考えた今日このごろ。
 (最後にもう一度書いておくけれども、個人的に不労所得は、ぜひ欲しい)
 
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【関係する本】

 「金持ち父さん貧乏父さん」ロバート キヨサキ
 http://www.amazon.co.jp/dp/4480863303/ref=nosim/?tag=katonodoka-22
 
 「金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント」ロバート キヨサキ
 http://www.amazon.co.jp/dp/448086332X/ref=nosim/?tag=katonodoka-22
 ↑ずっと以前に書評でも取り上げた本。これは傑作。ぜひ読むべき。

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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☔| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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