僕の通っていた高校は、私立の進学校でして、
3年生になったら「授業には出なくていい」というスタイルだったんです。
受験勉強に集中するため、自宅学習したり、予備校に行きたいのであれば、
それもまた良し。だから、学校の授業には出なくてもいい。
そういうスタイルの学校だったんです。
(悪く言えば「無責任」、良く言えば「自主性を重んじる」)
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僕はといえば、そんな学校の思いやりはどこへやら。
授業へ出なくてもいいならば、これ幸いとばかりに、
通学途中の日比谷あたりで下車して、映画なんかを見ていたわけです。
当時は、今のような「入れ替え制」というものがなく、
第一回の上映のあと、居座り続ければ、同じ映画を何度でも見られました。
当時封切られていたスターウォーズの、パート幾つだかは忘れましたけれど、
そんなのを朝から4回連続で観たこともあります。
映画好きの常として、最新ロードショーに飽きたら、
『ぴあ』と睨めっこをしつつ、次は「二番館」行脚を始めるわけです。
「二番館」というのは、半年くらい前の封切映画を、
2本立てで、800円くらいで見られるという、何ともオトクな映画館。
東京でいえば、三軒茶屋・早稲田・飯田橋・新橋あたりの、
ちょっと映画の本流とは外れた町に存在する、小汚い映画館です。
こういうところで、今度は2本立てをダブル、
つまり「4本連続」で映画を観たりしちゃうわけです。
さて。しばらく二番館通いを続けたら、これにも飽きてきた。
(受験勉強などは知らぬ)
僕が最終的に行き着いた映画館は、
京橋にある「近代フィルムセンター」でした。
ここは、普通の映画館ではなく、美術館に併設された映画館という感じの所。
「よくもまぁ、そんなフィルムが残っていたものだ」と思わせるような、
ツタヤでも絶対に置いていないような、めちゃくちゃマニアックな映画を、
坦々と上映し続ける映画館なのです。⇒ http://www.momat.go.jp/fc.html
当時は「1950年代の日本映画特集」みたいなのを
1年にわたりやっていて、それに足しげく通ったりしていました。
「成瀬巳喜男全作上映」なんていうマニアックなイベントを、
さりげなくやっていたんです。
いろんな映画を観ましたが、中でも好きだったのが、小津安二郎の映画。
その中でも『麦秋』という作品が、僕のお気に入りでした。
『麦秋』がどんな作品か、簡単に説明します。
※ネタバレしますので、映画を白紙の状態から楽しみたい人は、
しばらくぶっ飛ばしてください。
舞台は戦後の日本。ごく普通の、一般人の家庭。
60歳くらいのお父さん&お母さんと、長男夫婦、そして独身の長女が
同居しているという家庭があります。(独身の長女が主人公)
原節子演じるところの長女は、28歳で、行き遅れという設定。
30代での婚活が当たり前の現代では信じられないような設定ですが、
当時は28歳で独身といえば、行き遅れも行き遅れだったのでしょう。
この長女に、会社の上司から、縁談話が持ち込まれます。相手は40歳。
職業や年収的には申し分ない話で、家族は乗り気になります。
お父さん&お母さんも、相手が40歳というのは気になりますが、
もう娘だって28なんだし、贅沢は言ってられないという感じです。
さて一方。
この家には、戦争で死んだ次男がおりまして。
この次男の親友で、矢部さんという、
これまた40歳くらいの男がいるんです。
矢部さんは、亡くなった次男とのつながりもあり、
主人公家族とは親しく付き合い続けていたんです。
矢部さんは、妻を亡くしており、幼い娘を男手一人で育てているという状況。
で、この矢部さんのお母さんが、何とか息子に再婚相手を探してやろうと、
いろいろ動き回っているんですね。
(この「矢部母」を演じる杉村春子が、すごく良い芝居をするのです)
で。
矢部さんは、なんとなく長女に好意を抱いている雰囲気なんです。
でも自分はバツ一だし、子持ちだし、遠慮しちゃっているんですね。
そんな折、矢部さんが仕事の関係で、遠くへ転勤することになった。
地方への出発前夜に、矢部&矢部母で、主人公の家に挨拶に来るんです。
挨拶も終え、別れ際になり、最後に矢部母が長女に対して
「あんたのような人を、息子の嫁に欲しかった」と言うんですね。
それを聞いた長女が、なんとOKしちゃう。
会社の上司から来ていた縁談をうっちゃって、矢部との結婚にOKしちゃう。
家族はみんな驚き、反対するけれども、
長女は譲らず、矢部と結婚するんです。
長女は結婚を機に家を出て、初老を迎えたお父さん&お母さんも、
田舎で隠居生活を始めることにし、家族がバラバラになります。
ラストシーンで、実った麦畑が写されているという。
ざっと説明しますと、そういう映画なんですね。
この作品のタイトルが『麦秋(ばくしゅう)』というんですが。
当時は、このタイトルに何の意味も感じていなかったんです。
ああ、面白い映画だなという感想は持っていたものの、
『麦秋』というタイトル自体には、特に意味を感じていませんでした。
ま、その季節のころの話なんだろう、というくらいの感じ。
大体、小津映画ってタイトルに特に意味なさそうですし。
(『カボチャ』『お早よう』『お嬢さん』などといった作品もある)
しかし。つい先日、このタイトルの意味が分かりました。
当時(10年ほど前)の僕は全く知らぬことでしたけれども、
麦というのは、米の裏作で作るものなんです。
米の収穫が終わった秋に、麦を田んぼに植えつけて、
田植えが始まる直前に収穫するんですね。
普通の植物は、春に芽吹いて、秋に葉を落としますけれども。
麦というのはそれとは逆で、秋に芽吹いて、冬を越し、
春に収穫時期を迎える作物なんです。
ですから「麦秋」というのは、初夏のこと。
まさに今ごろ。田植えの季節のことなんです。
このころは、世間(ほとんどの植物)にとっては「春」だけれども、
麦にとっては秋。緑が芽吹く季節の中で、ただ一人だけ、
枯葉色になった麦だけが、秋の風景を生じさせている。
そういう風景こそが「麦秋」なんです。
わざわざ解説するのも野暮な話ですが、映画のストーリーに照らし合わせると、
初老のお父さん&お母さんは、一つの生活を終えて、田舎に隠居する。
長女は、長い独身生活を終えて、違う土地で新たな生活をスタートさせる。
一つの生活の終わりと、もっと大きな始まりとが同時に起こっている。
そういう時間が、映画では表されているんです。
それを、麦という一つのサイクルが終わり、
稲やら木々やらの、新しいサイクルの始まりでもある、
『麦秋』という季節に重ね合わせているんだなぁ、と。
映画を観てから10年たって、はじめてそのことに気付きました。
おそらく、この映画が封切られた当時(昭和30年くらいだろうか)には、
観客は全員が全員、「麦秋」の意味を知っていたんだと思います。
だから、ラストシーンの実った麦畑に、
「一つの生活の終わり」と、「新たな生活のはじまり」とを
重ね合わせることが、自然と出来たのだと思います。
でも10年前の僕は、麦秋が何を意味しているか、全く知らなかった。
つい先日、麦が黄金色に実る横で、田植えが行われているのを観て、
ああ、「麦秋」というのはこういうことだったのかと気付きました。
ちょっとしたアハ体験ですね。
シナプスが5本ほど繋がっちゃっいました。(゜▽ ゜)アタマヨクナタヨ。
田舎に住んで初めて気づいた、ちょっとした出来事でした。
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