2009年05月19日

麦秋

麦秋.jpg

 
 僕の通っていた高校は、私立の進学校でして、
 3年生になったら「授業には出なくていい」というスタイルだったんです。
 
 受験勉強に集中するため、自宅学習したり、予備校に行きたいのであれば、
 それもまた良し。だから、学校の授業には出なくてもいい。
 
 そういうスタイルの学校だったんです。
 (悪く言えば「無責任」、良く言えば「自主性を重んじる」)

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 僕はといえば、そんな学校の思いやりはどこへやら。
 
 授業へ出なくてもいいならば、これ幸いとばかりに、
 通学途中の日比谷あたりで下車して、映画なんかを見ていたわけです。
 
 
 
 当時は、今のような「入れ替え制」というものがなく、
 第一回の上映のあと、居座り続ければ、同じ映画を何度でも見られました。
 
 当時封切られていたスターウォーズの、パート幾つだかは忘れましたけれど、
 そんなのを朝から4回連続で観たこともあります。
 
 
 
 映画好きの常として、最新ロードショーに飽きたら、
 『ぴあ』と睨めっこをしつつ、次は「二番館」行脚を始めるわけです。
 
 「二番館」というのは、半年くらい前の封切映画を、
 2本立てで、800円くらいで見られるという、何ともオトクな映画館。
 
 東京でいえば、三軒茶屋・早稲田・飯田橋・新橋あたりの、
 ちょっと映画の本流とは外れた町に存在する、小汚い映画館です。
 
 こういうところで、今度は2本立てをダブル、
 つまり「4本連続」で映画を観たりしちゃうわけです。
 
 
 
 さて。しばらく二番館通いを続けたら、これにも飽きてきた。
 (受験勉強などは知らぬ)
 
 
 
 僕が最終的に行き着いた映画館は、
 京橋にある「近代フィルムセンター」でした。
 
 ここは、普通の映画館ではなく、美術館に併設された映画館という感じの所。
 
 「よくもまぁ、そんなフィルムが残っていたものだ」と思わせるような、
 ツタヤでも絶対に置いていないような、めちゃくちゃマニアックな映画を、
 坦々と上映し続ける映画館なのです。⇒ http://www.momat.go.jp/fc.html
 
 
 
 当時は「1950年代の日本映画特集」みたいなのを
 1年にわたりやっていて、それに足しげく通ったりしていました。
 
 「成瀬巳喜男全作上映」なんていうマニアックなイベントを、
 さりげなくやっていたんです。
 
 
 
 いろんな映画を観ましたが、中でも好きだったのが、小津安二郎の映画。
 
 その中でも『麦秋』という作品が、僕のお気に入りでした。
 
 
 
 『麦秋』がどんな作品か、簡単に説明します。
 
 ※ネタバレしますので、映画を白紙の状態から楽しみたい人は、
  しばらくぶっ飛ばしてください。
 
 
 
  舞台は戦後の日本。ごく普通の、一般人の家庭。
  
  60歳くらいのお父さん&お母さんと、長男夫婦、そして独身の長女が
  同居しているという家庭があります。(独身の長女が主人公)
 
 
  原節子演じるところの長女は、28歳で、行き遅れという設定。
  
  30代での婚活が当たり前の現代では信じられないような設定ですが、
  当時は28歳で独身といえば、行き遅れも行き遅れだったのでしょう。
  
  
  この長女に、会社の上司から、縁談話が持ち込まれます。相手は40歳。
  職業や年収的には申し分ない話で、家族は乗り気になります。
  
  お父さん&お母さんも、相手が40歳というのは気になりますが、
  もう娘だって28なんだし、贅沢は言ってられないという感じです。
  
  
  さて一方。
  
  
  この家には、戦争で死んだ次男がおりまして。
  
  この次男の親友で、矢部さんという、
  これまた40歳くらいの男がいるんです。
  
  矢部さんは、亡くなった次男とのつながりもあり、
  主人公家族とは親しく付き合い続けていたんです。
  
  
  矢部さんは、妻を亡くしており、幼い娘を男手一人で育てているという状況。
  
  で、この矢部さんのお母さんが、何とか息子に再婚相手を探してやろうと、
  いろいろ動き回っているんですね。
  (この「矢部母」を演じる杉村春子が、すごく良い芝居をするのです)
  
  
  で。
  
  
  矢部さんは、なんとなく長女に好意を抱いている雰囲気なんです。
  でも自分はバツ一だし、子持ちだし、遠慮しちゃっているんですね。
  
  そんな折、矢部さんが仕事の関係で、遠くへ転勤することになった。
  地方への出発前夜に、矢部&矢部母で、主人公の家に挨拶に来るんです。
  
  
  挨拶も終え、別れ際になり、最後に矢部母が長女に対して
  「あんたのような人を、息子の嫁に欲しかった」と言うんですね。
  
  それを聞いた長女が、なんとOKしちゃう。
  会社の上司から来ていた縁談をうっちゃって、矢部との結婚にOKしちゃう。
  
  家族はみんな驚き、反対するけれども、
  長女は譲らず、矢部と結婚するんです。
  
  
  長女は結婚を機に家を出て、初老を迎えたお父さん&お母さんも、
  田舎で隠居生活を始めることにし、家族がバラバラになります。
  
  ラストシーンで、実った麦畑が写されているという。
  
  ざっと説明しますと、そういう映画なんですね。
  
  
  
  
  
 この作品のタイトルが『麦秋(ばくしゅう)』というんですが。
 当時は、このタイトルに何の意味も感じていなかったんです。
 
 ああ、面白い映画だなという感想は持っていたものの、
 『麦秋』というタイトル自体には、特に意味を感じていませんでした。
 
 ま、その季節のころの話なんだろう、というくらいの感じ。
 大体、小津映画ってタイトルに特に意味なさそうですし。
 (『カボチャ』『お早よう』『お嬢さん』などといった作品もある)
 
 
 
 しかし。つい先日、このタイトルの意味が分かりました。
 
 
 
 当時(10年ほど前)の僕は全く知らぬことでしたけれども、
 麦というのは、米の裏作で作るものなんです。
 
 米の収穫が終わった秋に、麦を田んぼに植えつけて、
 田植えが始まる直前に収穫するんですね。
 
 普通の植物は、春に芽吹いて、秋に葉を落としますけれども。
 
 麦というのはそれとは逆で、秋に芽吹いて、冬を越し、
 春に収穫時期を迎える作物なんです。
 
 
 ですから「麦秋」というのは、初夏のこと。
 まさに今ごろ。田植えの季節のことなんです。
 
 このころは、世間(ほとんどの植物)にとっては「春」だけれども、
 麦にとっては秋。緑が芽吹く季節の中で、ただ一人だけ、
 枯葉色になった麦だけが、秋の風景を生じさせている。
 
 そういう風景こそが「麦秋」なんです。
 
 
 わざわざ解説するのも野暮な話ですが、映画のストーリーに照らし合わせると、
 初老のお父さん&お母さんは、一つの生活を終えて、田舎に隠居する。
 
 長女は、長い独身生活を終えて、違う土地で新たな生活をスタートさせる。
 
 一つの生活の終わりと、もっと大きな始まりとが同時に起こっている。
 
 そういう時間が、映画では表されているんです。
 
 
 それを、麦という一つのサイクルが終わり、
 稲やら木々やらの、新しいサイクルの始まりでもある、
 『麦秋』という季節に重ね合わせているんだなぁ、と。
 
 映画を観てから10年たって、はじめてそのことに気付きました。
 
 
 おそらく、この映画が封切られた当時(昭和30年くらいだろうか)には、
 観客は全員が全員、「麦秋」の意味を知っていたんだと思います。
 
 だから、ラストシーンの実った麦畑に、
 「一つの生活の終わり」と、「新たな生活のはじまり」とを
 重ね合わせることが、自然と出来たのだと思います。
 
 
 でも10年前の僕は、麦秋が何を意味しているか、全く知らなかった。
 
 つい先日、麦が黄金色に実る横で、田植えが行われているのを観て、
 ああ、「麦秋」というのはこういうことだったのかと気付きました。
 
 ちょっとしたアハ体験ですね。
 シナプスが5本ほど繋がっちゃっいました。(゜▽ ゜)アタマヨクナタヨ。
 
 
 田舎に住んで初めて気づいた、ちょっとした出来事でした。
 
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【紹介した映画】
 
 麦秋 [DVD]   価格:¥750
 http://www.amazon.co.jp/dp/B000VRRD1G/ref=nosim/?tag=katonodoka-22
 
 アマゾンでDVDの小津映画が買えるとは、便利な時代になったものです。
 好きな酒をちびりちびりやりながら、部屋を暗くして、深夜に観たい映画。

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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☔| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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