2009年05月15日

三十路を迎えて

30ann.jpg

 
 つい先日、誕生日を迎えましてね。30歳になりました。
 
 三十路ってやつですよ。みそじ。ギタリスト風に書けばMISOZIです。

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 子供のころは「30歳」というと、遥か彼方の大人の世界で、
 みんなチョビ髭はやして背広着て、会社で難しいお仕事をしているんだろうな、
 なんて思っていたものですが。
 
 
 自分がいざ30歳になってみると、なんとまあ、変わらないことか。
 
 スマブラX(ゲーム)とかやっているし、ネクタイも締めないし、
 頭にポマードもつけないし、チョビ髭も生やしていないし。
 
 三十路を迎えたといっても、気持ち的には、
 15〜6歳のころから全く変わっていない感じなのです。
 
 
 
 15〜6歳までは、たしかに「年を重ねている」という
 印象があったんですよ。
 
 電車に一人で乗るようになり、数千円のお金を常に持つようになり、
 ふらっとラーメン屋に立ち寄ったりするようになった。
 
 それは、今思い出してみても、ものすごい進歩だと思います。
 
 
 10円、100円の「子供の世界」から、
 1000円、1万円の「大人の世界」へ。
 
 自転車でいける範囲の「子供の世界」から、
 電車を乗り継いで行く「大人の世界」へ。
 
 
 小学校のころは、完全に「子供の世界」の住人で、
 高校生のころは「大人の世界」の住人でしたから、
 僕の中では、12〜16歳のころには、
 「年をとった」という感慨があったものです。
 
 
 
 でも、それ以降、どうも「年齢を重ねた」という印象が、ほとんど無い。
 
 気持ち的には、16歳から今まで、ほとんど変わっていないんです。
 
 その一因は、僕が社会の真っ当なルートからは、
 ちょいと外れた人生を歩んでいるからだと思います。
 
 
 
 年齢って、身体的なものではなく、社会的なものです。
 
 おそらく、僕が社会の真ん中で生きていれば(普通に就職していれば)、
 かなり感慨深く「三十路」を迎えたことだと思います。
 
 
 30歳になったから、このくらいの地位と責任になるとか。
 付き合いで、キャバクラに行ったり、休日ゴルフに行ったりとか。
 
 そういうことがあるんじゃないでしょうか。社会人だったら。
 (就職経験が無いので、想像で書いています)
 
 
 
 年齢なんて、実態は何も無いものなんですよ。
 
 社会的に「30歳は、こういう人」というイメージがある。
 それが年齢のすべて。100%、イメージでしか無いのです。
 
 他者との関係においてしか、年齢は意味をなさないものです。
 
 
 身体的にも「年齢」は意味あるじゃないか、
 と言う人もいるかもしれませんが。
 
 僕は、身体的にも年齢なんて、意味ないと思っています。
 
 みんながみんな「75歳と150日で死ぬ」と
 運命づけられているのであれば、年齢には意味があると思います。
 
 60歳になったら「ああ、僕の人生もあと15年かぁ」なんて
 感慨にふけっちゃうわけですよ。
 
 
 でも、実際は、30で死ぬ人もいれば、100まで生きる人もいる。
 
 年齢によって「あと何年生きる」なんてのは分かるわけないし、
 健康状態だって人それぞれじゃないですか。
 
 
 
 年齢なんて、血液型や星座と同じようなものです。
 
 ただ、社会的には、血液型や星座よりも意味が強いデータだから、
 なんとなく意味があると思っているだけです。
 
 「アラフォー女のライフスタイル」なんていうのは、
 「乙女座B型のラッキーアイテム」と、
 本質的には何ら変わりのないものだということです。
 
 ただ、世の中ってのは、ある程度は年功序列で出来ているし、
 年上には敬語で話すだとか、レンタルビデオの会員申込書に生年月日を
 書かなきゃいけないとかの必要性において、
 「年齢」は「乙女座B型」よりは重要だから、多くの人が、
 年齢に意味があると思っているだけのことなんです。
 
 
 もし、皆さんの中に
 「あたしも、もう50歳だから・・・」なんていうように
 年齢を気にしている方がいるのであれば。
 
 
 
 忘れちゃえばいいんです。(゜▽ ゜)
 
 
 
 「50歳だから・・・」というのは「乙女座B型だから・・・」と、
 同じ理由なんですよ。本質的には、両者は何も変わらない。
 (繰り返すけれど、社会的な重要性は年齢のほうが高い)
 
 ラテンの国々では、自分の年齢が分からない人も、多いようです。
 (元ロッテのフリオ・フランコとか⇒ http://tinyurl.com/p6nocm )
 
 僕は、そっちのほうが正しいと思う。
 誕生日なんて、覚える必要のないものなんです。
 
 
 僕は1979年に生まれたそうですが、
 自分でたしかめたわけじゃないですから。
 
 最初の記憶があるのは1985年くらい。
 
 だから、1985年くらいに僕が生きていたのは確かですけれども、
 いつ生まれたか、何月何日に生まれたかなんていうのは、
 覚えちゃいないし、どうでもいいことなんですよ。
 
 この世に生まれて30年たったところで、何が変わるわけでもなし。
 
 
 
 読者の皆さんからの「何を言っているんだコイツは」的な空気を
 いつも以上に感じつつ、三十路を迎えて感じたことを、
 いろいろ書いてみました。
 
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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☔| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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