2009年05月05日

リサイクル・ループ

お弁当.jpg

 こんなニュースがありました。

 『廃棄食品→飼料→豚肉→弁当 ファミマが26日発売』
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090503-00000076-san-bus_all
 
 
 売れ残ったコンビニ弁当などをもとにして飼料をつくり、
 その飼料で豚を育て、その豚をまた弁当の材料として利用する。
 
 廃棄食品を原材料として、食品を作ろうという試みです。
 
 これを『リサイクル・ループ』といいます。

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 同じような取り組みは、すでに野菜の世界でも行われております。
 
 
 『店舗廃棄物活用し野菜生産 小売り各社が“リサイクルループ”』
 http://sankei.jp.msn.com/life/environment/080819/env0808191925005-n1.htm
 
 イトーヨーカ堂では、食品廃棄物を原材料として肥料をつくり、
 その肥料を使って野菜を育て、その野菜を再び販売するという、
 完全なリサイクル・ループを行っています。
 
 
 
 しっかし、まあ。なんやら、ようわからん話ですな (゜△ ゜)
 
 
 
 リサイクルってのは、普通は「使い終わったもの」を、
 再び製品にする流れのことをいいますよね。
 
 例えば、使い終わった牛乳パックを溶かしてトイレットペーパーにする。
 
 これは、まごうことなきリサイクルだと思います。
 
 牛乳パックからトイレットペーパーをつくったり、
 アルミ缶を溶かして新しいアルミ缶をつくったり、
 ゴミになった携帯電話から使える部品を取り出すのが、リサイクル。
 
 そういう意味でいえば、食品のリサイクルというのは、
 「うんこを堆肥にする」というのが、本来のリサイクルの形なわけです。
 
 
 
 お弁当⇒人間⇒うんこ⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当
 
 というのが、本来あるべき食品のリサイクルです。
 
 ところが、先述のリサイクル・ループの場合は
 「人間⇒うんこ」が介在しない流れになっているんですね。
 
 
 
 お弁当⇒堆肥⇒野菜(または肉)⇒お弁当
 
 という流れになっている。
 
 で、このお弁当が売れ残ってしまえば、
 またこの輪廻転生の中に組み込まれてしまうわけです。
 
 
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜
 
 
 「お弁当が売れる」という免罪符を得ない限り、
 このループから抜け出すことができないという輪廻転生です。
 
 
 
 図らずも昨日「マグロ経済学」というダジャレ由来の話を書きましたが、
 このリサイクル・ループなんていうのは、
 まさに「マグロ経済学」そのものだと思います。
 
 経済それ自体が活発になるための、経済。花見酒なんです。
 
 
 
 花見酒というのは、落語に出てくる、こんな噺。
 
 
  熊さん&八さんが、花見で賑わう客に酒を売ろうと思い、
  でっかい樽酒をかついで、花見山へと向かった。
  
  酒を売り始めたものの、こいつをちょっと飲みたくなった八さん。
  だけど、売り物なんだから手をつけちゃいけない。
  
  じゃあ自分が客として買おうっていうんで、五銭玉を一枚出して、
  熊さんに代金を払い、酒を一杯買って飲んだ。
  
  それじゃオレもっていうんで、今度は熊さんが(八さんから渡された)
  五銭玉を八さんに払い、酒を一杯買って飲んだ。
  
  もう一杯ってんで、また八さんが(熊さんから渡された)
  五銭で一杯買った。次は熊さんが五銭で一杯買う。
  
  五銭玉ひとつが熊さん八さんの間を行きかうにつれ、
  いつの間にか、用意していた樽酒は無くなってしまった。
  
  ああ売れた売れたっていうんで、売り上げを数えてみると、
  五銭玉ひとつしかない。
  
  ということは、樽酒ひとつを五銭で買えたってことか。
  「ああ、安い酒を飲んだ」っていうのが、サゲ。
  
 
 ま、そういう噺なんですが。
 
 実社会から遊離して巨大化する経済を指して
 「花見酒経済」なんていう言葉もあります。
 
 
 「リサイクル・ループ」からは、なんとなく、
 花見酒と同じような印象を受けるのです。
 
 
 
 極論を言いますとね。
 
 廃棄物に対するエコだの何だのを目的にするのであれば、
 売れ残りそうな商品は大幅割引にすればいいんです。
 
 もっと言えば、タダであげちゃえばいい。
 
 以前、フードバンクという活動について書いたことがありましたが、
 そういう活動を通してタダで廃棄食品をあげちゃえばいい。
 
 ※都会育ちの田舎暮らし 第544号「フードバンク」
  http://archive.mag2.com/0000246354/20090308114500000.html
 
 そうすれば「人間⇒うんこ」の流れの中に
 食品は組み込まれるのですから。「物」の流れは、生まれるんです。
 お弁当は、人間に食べられて、その役割をまっとうすることになります。
 
 
 
 でもそうすると、お金の流れが生まれない。
 
 値引きするよりも、廃棄にして、他の食品を定価で買ってもらったほうが、
 「お金の流れ」は大きくなるんです。
 
 エコが目的なのでもなく、モッタイナイ精神が根本にあるのでもなく、
 経済活性化が第一目的になっているのが「リサイクル・ループ」の
 本質なんじゃないでしょうか。
 
 
 別にリサイクル・ループの活動がいけないというんじゃないんです。
 
 ただ、経済と実社会との乖離が象徴的に現れたものとして
 「リサイクル・ループ」を取り上げたというだけのこと。
 
 
 だって
 
 
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒
 お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜⇒お弁当⇒堆肥⇒野菜
 
 
 という流れは、誰がみても「変なこと」じゃないですか。
 
 食べられるものを堆肥にして、また食べ物をつくる。
 
 「消費」という目的のために生産が行われるのではなく、
 「生産」という目的のために生産が行われている。
 
 
 
 売れ残るものが出るんなら、本当の答えはひとつだけですよ。
 
 「作る量を減らす」ことです。
 
 だけど、作る量は減らしたくない。
 経済は、泳ぐのをやめたら死んでしまうマグロだから。
 
 
 
 食品リサイクル法の改正によって、
 リサイクル専門の認定業者も生まれるようです。
  
 http://dic.yahoo.co.jp/newword?ref=1&index=2007000270
 
 
 お弁当が売れ残っても、それが「堆肥の原料」となるのであれば、
 そこで「お金の流れ」が出来る。
 
 リサイクル促進のために税金が投入されれば、
 それをエネルギー源に、マグロは泳ぐことが出来る。
 
 「食品⇒堆肥⇒野菜⇒食品」という新しい海を(税金で)つくれれば、
 新たに何匹ものマグロが大きく育つということです。
 
 
 
  『弁当で 育った豚が 弁当に エコに名を借る 花見酒かな』
  
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posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☁| 食べ物のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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