2009年04月04日

忘れられた日本人

宮本常一.jpg

 
 畑で野良仕事をしていると、ふらりと通りかかった近所のおじいさんと話がは
 ずみ、気が付けば1時間もたっているなんていうことが、よくあります。

続きを読む前に

 
 大体、おじいさんの話を僕が聞いているだけなんですが、これが面白いんです
 よ。「わしが子供のころには、このあたりは・・・」みたいな話なんですが、
 それが現代の風景とあまりにも違い、とても面白い。
 
 
 現在80歳くらいのおじいさんから聞いた話では、子供のころから田んぼをやっ
 ていたけれども、その当時はトラクターなんか無いし、車も当然無かった。だ
 から田んぼまで何キロもの道を歩いて通い、全部手作業で米をつくっていたと
 いいます。
 
 「わしらぁ子供の時分は、朝はように起きて、田んぼまで細っそい道を牛つれ
  て歩いて通うたんじゃ。山奥の田んぼに行くとなると、朝に出て、つくのが
  昼ごろになるからのお。そのまま仕事して帰ったんじゃ何にもならん。やか
  ら田んぼの端(はた)に小屋つくって、そこで寝泊りして仕事したもんじゃ」
  
 「牛で田をこなす(代掻き)んじゃが、大きい農家になると、牛を二頭飼っとっ
  たなあ。何反もこなすと、牛が疲れて死によるんよ。やから田がようけある
  家じゃ二頭飼って、交代交代に使いよったんじゃ」
  
 なんて話を聞いていると、あっという間に時間は過ぎ去ってゆきます。(仕事
 しろ)
 
 考えてみれば、子供のころに「牛」で田んぼをこなしていた人が、いまや50
 0万円のコンバインで稲刈りをするんですから。時の流れというのは、すさま
 じいものです。
 
 
 さて。毎週土曜日は、各種おすすめ本を紹介する書評の日。
 
 きょうご紹介するのは、宮本常一著『忘れられた日本人』です。
 
 
 『忘れられた日本人』は、一口にいえば、僕が近所のおじいさんから聞いたよ
 うな「昔の話」を、日本全国にわたり、もっと詳しく聞いた、その伝聞録。
 
 昔の日本人、それも一庶民の日本人が、どのように考え、どのように暮らして
 きたか。地に足のついた日本の歴史を楽しめる本です。
 
 
 日本全国、いろんなところが舞台となっている、現代風にいえばオムニパス形
 式の話です。全部で10話ほどの、庶民が主人公の歴史が紹介されています。
 
 
 中でも出色の出来なのが、高知の山奥、梼原村(現在は梼原町)を舞台とした
 「土佐源氏」という話。梼原村の橋の下の乞食小屋に住んでいた盲目の老人が、
 自分の一生を語るという話です。(なぜ源氏かというと、その老人が好色だっ
 たから)
 
 
 梼原村というのは、山奥も山奥、僕が住んでいるところよりもずっと山深いと
 ころにあります。交通網が発達した現代でも、かなり不便な土地なんですから、
 車もなかった当時では、本当に「陸の孤島」のようなところだったと思います。
 
 
 盲目の老人が語る話に、脈絡はありません。主張もありません。歴史を体系的
 に話すわけでもありません。ただ、面白おかしく自分の人生を語っているだけ。
 でもそれが、今まで読んだどんな歴史書よりも「歴史」を感じさせるんです。
 
 
  自分は父なし子だったから、学校にも行けず、家が無いから百姓にもなれな
  かった。仕方がないから、牛の売り買い(ばくろう)をしていた。百姓の男
  ならば夜這いにもいけるが、わしらみたいに家が無いものは、夜這いにも行
  けん。
  
  わしらは、どうしようもない牛(品質の悪い牛)を「こりゃあええ牛じゃ」
  というて、百姓のところに置いてくる。するとものの半年もせんうちに、百
  姓はその牛を、ええ牛にしとる。ええ百姓ちゅうもんは神様みたいなもんで、
  石ころでも自分の力で金に変えよる。そういうものから見れば、わしらは人
  間のかすじゃ。
  
  わしは、人はずいぶんだましたが、牛はだまさだった。牛ちうもんはよく覚
  えているもんで、五年たっても十年たっても、出会うと必ず啼くもんじゃ。
  なつかしそうにのう。牛にだけはうそがつけだった。
  
 
 『忘れられた日本人』を読んでいると、歴史っていうものは、こういうものだ
 と感じさせられます。1867年に大政奉還だとか、1945年に終戦だとか、
 それも歴史ですけれど、個人の目で見た歴史のほうが、僕は腑に落ちるように
 理解できるんです。
 
 
 「トラクターの普及率は、昭和40年ごろには60%になった」というよりも、
 「昭和40年ごろからかのう、はじめて手押しの耕運機が出てきてのう、そりゃ
  便利やったで。それから牛はぱったりいなくなったのう」というほうが、僕
 にとってはよく理解できる「歴史」なんです。
 
 
 日本の歴史を、庶民の眼から眺めることのできる、貴重な本。
 
 小さな藁葺きの小屋で、いろりの火に当たりながら、老人の話を聞いているよ
 うな心持にさせてくれる一書です。



blogranking

 ↑ランキングに参加しています。面白かったらクリックしてください。
posted by 加藤のどか at 11:45| 高知 ☁| 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。