2008年11月30日

裁判員制度

「裁判員の候補者に、アンタがなっちゃったYO!」
っていう通知が、昨日から、全国の家庭に届き始めているらしいですね。

有権者のうち、350人ぐらいに1人だと言ってましたから、
このメルマガの読者さんの中にも、通知を受け取ってしまった人が、
何人かいらっしゃることと思います。


万が一、というか、三百五十が一、僕にも通知が届いたら、
こりゃ1回分のメルマガのネタになるかな〜(゜▽ ゜)

なんて思っていたら「不特定多数の人に、通知が来たことを知らせる」のは、
法律違反かどうかは知らないけれど、ともかく、いけないんだそうです。

だから、メルマガやブログなど、不特定多数の人が見る媒体には、
書けないんですって。なんだツマンナイの。(゜△ ゜)通知来てないけど。



さて。

タイムリーな裁判員制度について、ちょいと切り損なってみましょうかね。



素人が裁判員になって、司法の判断に一枚噛むことに、
賛成の人も、反対の人も、いらっしゃるでしょう。

ただ、賛成側・反対側、両者とも、ある重大なことから、
目を逸らしているんじゃないかと思います。

それは。

「議論がちゃんと行われると思っているのか?」

ということ。



裁判員になるってことは、その事件に対して、
個人としてしっかりとした意見を持ち、それを皆に伝えなくてはなりません。

賛成側も反対側も、そういう行動は誰もが「当たり前に出来る」前提で、
話を進めているような気がするんですが。



本当に、議論なんか出来るのかね?

そもそも、議論とは何ぞや?



・・・なんてことを思ったのは。
先日、「フィンランドの小学5年生が作った議論のルール」
というものを読んだからです。


彼らのつくった「議論のルール」とは、次の10カ条から成っています。



1.他人の発言をさえぎらない
2.話すときは、だらだらとしゃべらない
3.話すときに、怒ったり泣いたりしない
4.わからないことがあったら、すぐに質問する
5.話を聞くときは、話している人の目を見る
6.話を聞くときは、他のことをしない
7.最後まで、きちんと話を聞く
8.議論が台無しになるようなことを言わない
9.どのような意見であっても、間違いと決めつけない
10.議論が終わったら、議論の内容の話はしない

http://kd1.blog103.fc2.com/blog-entry-200.html
↑内容をまとめたブログ

『図解 フィンランド・メソッド入門』 北川 達夫
http://www.amazon.co.jp/dp/4766783476/ref=nosim/?tag=katonodoka-22
↑出典元の本



この10カ条を守るものが「議論」と言えるのならば。
テレビの討論番組は、議論ではなく、ただの口ゲンカですね。

そして僕は、今までの人生で「議論」をしたことがありません。
というか、こういう「議論」を見たことも、聞いたこともありません。

小学校の学級会からはじまり、国会での審議に至るまで、
この10カ条を守っている議論を、見たことがありません。

議論に参加しない大多数の人と、
感情的に自分の意見を振りかざす輩と、
人の意見を聞かずにイチャモンをつける輩と、
そもそもこんな議論に意味があるのかなどと言い出す輩と、
収拾がつかなくなった議論の雰囲気の中で泣き出してしまう輩と、
そういう中で適当な無難な結論を導き出す議長と。

そんな登場人物のみで成り立っているのが、
僕の知っている「議論」です。



おそらく、皆さんもそうだと思います。



さて。

そんな「議論が出来ない」我々(日本人)が何人か集まって、
ある事件について「議論」を交わすことが出来ると思いますか?

裁判員制度をやりたいのならば、まず、
「正しい議論の方法」を、学ばなければ(教えなければ)いけません。

議論とは、一つの会話テクニック。

人が集まれば自然に議論ができる、というものでは、ありません。



小学校、中学校、高校、大学、会社、そして国会に至るまで、
マトモな議論が行われているところは、ほぼ皆無の状態で。

なぜ、裁判員制度ならば、マトモな議論が出来ると思うのか?

不思議でなりません。



そもそも、裁判員制度というのは、一人一人が確固とした信念を持ち、
議論することが普通になっている欧米文化だからこそ、成り立つもの。

日本は、基本的に村社会。

「お隣さんと波風立てないこと」が、何よりの重要課題。

村人たちが集まって、ぐちゃぐちゃいいながら、
「何となく、こんなところで」といった感じの結論を出す方法です。

良くも悪くも、グレーゾーンが大好きなんですよ。
(個人的には、こういうなぁなぁな議論は、良い方法だと思いますが)

何かの事情で、無理やり、判決を下さなければならない場合には、
誰かが「絶対的な調停者の役割」を、果たさなければ成らない。

そして、その判決には「へへー」と従う。文句は言わない。

「村人のぐちゃぐちゃ会議」か「大岡裁き」の、両極端。
それが、日本の「議論」の土壌だと思うのです。



そこに、形だけ、欧米の「裁判員制度」を真似て持ってきても。

議論の出来ない人に、議論をしろというんですから。
うまくいくはずが、ないと思うんですがね。



一番、分かりやすいのは、次の2つの映画を観ることです。

『12人の怒れる男』(アメリカの裁判員の話)
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id10584/

『12人の優しい日本人』(日本の裁判員の話)
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id151574/

裁判員の通知が(幸か不幸か)来た方が、いらっしゃいましたら。
ぜひ、ツタヤで借りてください。(両方とも面白い映画ですよ)


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タグ:裁判
posted by 加藤のどか at 15:30| 高知 ☀| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月29日

書評:カムイ伝

土曜日は、各種おすすめ本を紹介する書評の日。

きょうご紹介するのは、白土三平著『カムイ伝』です。


ご存知の方はご存知、知らない方は知らないでしょうが。(当たり前)

来年には「カムイ外伝」が、松山ケンイチ主演で映画化されるそうです。
http://www.kamuigaiden.jp/
↑まだトップページしか公開されていないけど。

カムイ伝は、今のところ「第一部」が完成し、「外伝」が完成し、
「第二部」を連載中なのですが。
(連載開始から40年。完成まで死ぬなよ白土三平)

僕が紹介したいのは「カムイ伝 第一部」。
(映画化されるのは「カムイ外伝」)

江戸時代の農民を中心とした、壮大なスケールの物語です。



あ、言い忘れましたが。

マンガです。



さて。

マンガとはいえ、全部合わせると100巻近くにもなる、
超壮大な物語ですからね。説明するのが難しい。

うーん、どう説明するべきか、カムイ伝を・・・

と、思っていたら。頼りになるアイツがいるじゃないですか!


ウィキペディア兄貴!


助けてよウィキペディア兄貴! カムイ伝について教えてよ!(゜▽ ゜)




【カムイ伝】
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%82%A4%E4%BC%9D

『カムイ伝』(カムイでん)は、白土三平の長編劇画。
1964年から1971年まで月刊漫画ガロに連載された。
のちに週刊少年サンデーを経てビッグコミック誌上に続編『カムイ外伝』、
そしてその続編『カムイ伝 第二部』が描かれている。


概要:

士農工商に属さない最下層に位置する人々の視点から
江戸時代の階級制度・生活・風習・歴史・農民の迫害等を描いた作品。

発刊当時、唯物史観者(マルクス主義史観者)からは
「江戸時代の文献を読む前にカムイ伝を読破すべし」とまで
言われるほど支持され(同和教育の副読本)、唯物史観の教科書視もされた。


あらすじ:

江戸幕府により厳しい身分差別が行われていた時代。日置藩に三人の若者がいた。
非人の子・カムイ、下人の子・正助、武士の子・竜之進である。

カムイは奴隷身分から脱却を計るため剣の道を極めようとするが、
はからずも忍の道に進む。
やがてカムイは「抜け忍」として終わりのない逃亡の日々を送ることになる。

正助は百姓になるため勤勉な毎日を送る。
百姓の生活向上のため尽瘁するが、その前途は多難であった。

竜之進は武士という階級制度に疑問を持ち、浪々の旅を送っていく。

三人の若者は社会権力にぶつかり、苦悩し、成長し、
それぞれの立場が複雑にからみ、物語は進む。




はい。っていう感じの話です。カムイ伝。

便利だねぇ、ウィキペディア。1分でこれだけ書けた(コピーできた)。
こりゃクセになっちゃいそうだねぇ。(゜▽ ゜)


なぜ、これをオススメ本として紹介したいかというと。


僕が知っている中で、最も「日本の農民」の姿を書き切った作品こそが、
白土三平の「カムイ伝(第一部)」であるからと、思うのです。


巷には、掃いて捨てるほどの「時代劇」がありますが、
「農民」が主人公の物語って、ほとんど無いですよね。

ほとんどの時代劇って「超特権階級」であった、
お殿様だとか、お姫様だとかの視点から、描かれるじゃないですか。

篤姫しかり。風林火山しかり。功名が辻しかり。

江戸時代の大多数であったはずの「普通の農民」から
描かれている物語って、ほとんど無いと思うんです。
(落語は「庶民」の物語なので近いですが、農民というよりは「町人」ですし)

僕が知る限りでは。
カムイ伝以外では唯一、黒澤明の『七人の侍』が、
すっげーリアルに「昔の農民」を描いているとは思います。
本物の「百姓」を描き切った作品だと思います。
(『七人の侍』は、見たことない人は、ゼッタイ見たほうがいいです。
 ただ、必ず【DVDで借りて、日本語字幕を入れながら見ること】。
 当時の録音技術が悪いので、台詞が聞き取りにくいので)



『カムイ伝 第一部』では、虐げられて、ずるがしこくて、意地汚くて、
卑屈で、カッコ悪くて、くそ真面目で、でも頑張って生きている。

そんな江戸時代の農民の姿が描かれています。

そして。僕が思うに。

その農民の魂というのは、現代にまで、
脈々と生き続けているのではないか。

と、思うのです。



田舎には「おれで十二代目の百姓だ」みたいな農民が、普通にいます。

十二代ということは、一世代30年と考えても、
30×12=360年の歴史。2008−360=西暦1648年。

江戸時代真っ只中の1648年ごろから、21世紀の2008年まで
一つの「土地」に根付いて生きている農家さんは、多いのです。

というか、田舎では、それが「普通」だったりします。

江戸時代の出来事も、現代まで、脈々と生き続けていると思うのです。



僕は、浮き草のような人生なので(名家の何代目とかでもないし、
さかのぼってもヒイバアチャンくらいまでしか分からないし)、
「土地」だとか「家の歴史」だとか、そういう事柄には縁が無い人ですが。

カムイ伝を読むと、日本の農業(というか、百姓)の歴史は、
こういう歴史の積み重ねの上にあるのか、と、はっきりと理解できます。



例えば。

小さな田んぼを集約させて、効率の良い大規模農業に転換しよう!

という話は、よく聞きますが。

多くの農民は、自分の土地を差し出すことに反対するし、
「先祖代々の田んぼを、おらの代で売り渡すわけにゃいかねぇ・・・」
なんて台詞が、普通に出てきます。

そう聞くと、農水省のお役人方は
「全く、話の通じないジイサンだな。効率の良い農業をやらないと
 21世紀のグローバルな世の中で、生きていけねぇんだよ」
なんて思うのかもしれませんが。

カムイ伝を読んでみれば、なぜ、ジイサンの口から
「先祖代々の土地を・・・」という台詞が出てくるのか。
その台詞に、どれだけの重みがあるのか。
土地のために、どれほどの百姓が苦労してきたのか。

はっきりと理解することが出来ます。



カムイ伝は、農業を知れる本では、ありません。

農民を知れる本とも、ちょっと違います。

今の農業をささえる、多くの農家。
その根本にあるであろう、百姓の魂。
そして、百姓の魂が、今も根付いている田舎の土地。

田舎や農民の、根本にある理由を、最も理解できる物語が。

『カムイ伝 第一部』だと思います。





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posted by 加藤のどか at 15:29| 高知 ☀| 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

ド田舎自治体の首長さんたちへ

「田舎暮らしをしたいんですけれど、仕事が無いから心配なんですよ〜」

という話は、よく聞きます。

田舎暮らしのハードル第1位は、間違いなく「仕事(収入源)」だと思います。



「仕事が無い」というハードルに対しては、
僕は、前々から言い続けていることがあります。

『インターネットを使った仕事で稼ごうよ』

ということです。



一人暮らしならば、月10万円。
家族連れならば、月20万円くらいでしょうか。

そのくらい「インターネットのみ」で稼げるスキルがあれば、
田舎暮らしのハードルは、ものすごく下がります。



僕も、田舎暮らしを始める前に、インターネットでの仕事をしていました。
(バイトだけれど)

東京にいるうちから仕事をはじめ、
月15万円くらいは稼げるようになったので(週5日・昼のみで)
田舎暮らしへの踏ん切りがついた、という部分もあります。

つまり、たとえ農業で稼げなくても、田舎に全く仕事がなくても。
インターネットで仕事をすれば、どう転んでも、月15万円は稼げる。

そういうセーフティーネットがあるからこそ、
安心して、ド田舎暮らしをはじめられるワケです。



アフィリエイトでも、ドロップシッピングでも、翻訳業務でも、
デイトレードでも、FXでも、ネットショップ運営でも、
データ入力でも、テープ起こしでも、何でも構わないので。

ともかく、都会にいるうちに、部屋から一歩も出ずに、
インターネットを使って、稼げるスキルをつくる。

そうすれば、そのスキルは、インターネットがある限り、
世界中どこに住んだって、同じように稼げるワケです。



・・・ということは、前々からオススメしているんですが。



これを逆に考えてみましょう。

「インターネットで稼げたら、田舎暮らしがしやすい」

ということは、逆に考えれば

「インターネットで稼げる人は、田舎暮らしが可能」ということです。

これを「移住者に来て欲しい側」の視点で、考えてみます。



「移住者に来て欲しい自治体」は、
何よりも、ネットの通信環境を整備させることが、重要になってきます。

よく「おらが村に来てくれ〜」という移住者支援として、

・土地をプレゼントしますとか
・家をプレゼントしますとか
・農業をやるなら補助金を出しますとか

田舎の市町村は、少ない予算からひねり出して、
いろいろな移住者支援をしているようですが。


僕が思うに。


一番いいのは、ネットの通信環境を整備させること。

「うちの村に住めば、どんな山奥までも、
 無料で光ケーブルを通します!」なんていう支援をして。

既に「都会で、SOHO(自宅)で稼いでいる人」を、
引っ張ってくればいいんですよ。


自宅で、収入を得ている。
インターネットさえあれば、どこでも稼ぐことが出来る。


そういう人は、たくさんいます。

「田舎暮らしの条件」が、整っている人です。

そういう人の、何人かに一人は、もしかすると、
田舎暮らしにすごく興味がある人かもしれません。
(そういう人は、田舎暮らしなんて想像したこともない人が大半でしょうが、
 自治体の側から売り込めば、将来の選択肢の一つとして考えてくれるかも)



極端なことを言えば。

僕が高知県○○郡○○村の村長で、
どうにかして村おこしをしないといけない立場ならば。


ネットのみでウン千万単位の年収を得ているような、
グラフィックデザイナーだとか、デイトレーダーだとか、作家だとか。

ともかく

「インターネット(などの通信環境)さえあれば、
 ど田舎に住んだって、今と同じくらい稼げますよ」

というスキルを持った人たちに、村を売り込みますよ。
(最初は、高収入を得ている人、限定で)


・光ケーブルは、無料で通す。
・テレビも、インターネット経由で、都会と同じ環境で見れる。
・近所付き合い等がスムーズに行くよう、自治体でサポートする。
・土地も格安で提供する。好みの土地を探して紹介する。
・田んぼや畑をやりたければ、それも紹介してあげる。
・家は、あなたのお金で自由に建てて♪


なんて感じで、売り込みます。

たとえ、ネットで生計を立てていても、
生活するのに手一杯みたいな人を誘致しても、
その後の「呼び水」には、なりませんから。

かなり高収入の、生活にゆとりがある人のみを
ターゲットに絞って、誘致をします。
(急病になったら、山奥にヘリを呼びつけるくらいの財力がある人)

そんな人が10人でも移住してくれたら、かなり宣伝効果もあるし、
「呼び水」となって、続々と、同じようなスキルを持った人
(インターネットで稼げる人)が、やってくるんじゃないか。

なぁんて、思うんですが。


>ド田舎自治体の首長さんたち。
どうでしょうか。


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posted by 加藤のどか at 15:28| 高知 ☀| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月27日

分かれて分かる

メールマガジンを発行していると。

読者の方から、よくメールをいただきます。

感想や、質問や、さつまいもを売ってくれだとか(ありがとうございます)。

いろいろメールをいただくんですが。



何故か。海外からのメールが、非常に多いです。



こちとら「田舎暮らしメルマガ」なのに。
海外の話題なんか出たこともないのに。

いただくメールの中の「海外在住割合」が、非常に多い。

感覚的には、20%くらいが海外の人じゃねぇのか?
ってくらい、海外の読者さんからのメールをいただきます。


そして。

海外に住む方からのメールは、非常に考えさせられることが多いです。

僕が持っていなかった視点から、物事を見る方が、多い気がします。
(勿論、国内に住む方からのメールも、非常に参考になりますよ)



海外に住んでいる人は、日本を離れていることによって、
「日本」という国を、客観的に見られるのではないか。

と、思うんです。

だから、内部にいては(日本に住み続けていては)
なかなか思いつかないような発想を、しやすくなるのではないか。



と、いうのは。

僕自身が「都会」から外に出て、「田舎」という地に住むことにより。

「都会」を、非常に客観的に眺められるようになったんですね。



東京のドマンナカに二十数年、住み続けている間は。

人ごみの中で生活するのは当然だと思っていたし。
狭いアパートで家族が生活するのも当然だと思っていたし。
水や空気がきたない(と当時は感じていなかったが)のも当然だと思っていたし。

いろいろ、今では「ありえない」と思う「当然のこと」が、あったんです。

それらは、都会に住み続けている限り、気がつかなかったこと。(僕の場合は)



内部から見た「当然」のことは、一度、外部に出てみないと分からない。

そういうことが、多いと思います。



中学・高校のころは、学校が世界の全てだったけれど。
卒業して、学校の「外部」に出たら、違った視点で眺めることができます。

会社に所属していたら分からないことも。
退職し、独立してみると、分かることも多いと思います。



都会から離れて、はじめて、都会のことが分かり。

日本から離れて、はじめて、日本のことが分かる。

「分かる」ためには、一度、その集団(学校・会社・都会・日本)から
文字通り「分かれる」ことが、最短の方法じゃないでしょうか。



月から地球を見たら。

また、違う考えが浮かぶと思います。



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posted by 加藤のどか at 15:27| 高知 ☀| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月26日

リンゴとヒョウ


【リンゴのひょう害 過去最悪/青森県内農作物】
http://www.daily-tohoku.co.jp/news/2008/06/26/new0806260803.htm

リンゴの名産地、青森県ですが。

今年は、春先にひょうが降り注ぎ、多くのリンゴに被害が出てしまいました。

ヒョウが当たってしまったリンゴは、味は変わりないものの、
斑点のような跡がついてしまい、見た目が良くないのです。

その結果、リンゴの価格下落は避けられず、
県や市町村から、リンゴ農家へ補助金なども出ているようです。

多くのリンゴ農家は、困り果ててしまっているとのこと。



・・・というニュースを読んで。
最近読んだ本に載っていた話を、思い出しました。





『落ちたリンゴを売れ!』 箱田忠昭著
http://tinyurl.com/57sjs4


海の向こう。アメリカは、ミネソタ州での出来事。

リンゴの収穫直前に、大きなひょうがミネソタ州に降り注ぎました。

直撃されたリンゴは地面に落ちてしまいます。
表面にはヒョウの黒い痕がついてしまい、売り物になりません。

多くの農家は「これでは売れるリンゴが無い! どうしよう・・・」と、
困り果ててしまいました。

まさに、今年の青森県と同じような状況ですね。


そんな折。

ある20代の青年が、


「これはチャンスだ!」


と、考えたのです。

青年は、手書きの看板をつくりました。そこに書かれた文句とは。

┏──────────────────────────────┓
│ 自然の恵みを受けたリンゴです!              │
│ このリンゴは、数十年ぶりのヒョウに打たれた珍しいものです。│
│ おかげで甘味が増しました。                │
│ ヒョウに打たれた証拠は、表面の黒い斑点です!       │
┗──────────────────────────────┛

彼のリンゴは、あっという間に売り切れてしまいました。

むしろ、例年よりも売れたとのことです。





何か、ある事態が起きたときに。

その事態を、ピンチと捉えるか。それとも、チャンスと捉えるか。

捉え方一つによって、事態は大きく変わっていきます。



事態の捉え方、そして、求める結果によって、
3通りの対応の仕方があります。



一つ目。

「リンゴがひょうに当たった(ピンチ)」←事態の捉え方
「だから(順接)」
「売れない」←求める結果

これは、普通の思考。



二つ目。
「リンゴがひょうに当たった(ピンチ)」←事態の捉え方
「けれど(逆説)」
「がんばって売る!」←求める結果

これは、頑張る人の思考。

具体的には「ひょうが当たった<けれど>味に変わりはありません」
などといって、頑張って売っている農家さんですね。



そして三つ目。
「リンゴがひょうに当たった(チャンス)」←事態の捉え方
「だから(順接)」
「売れる」←求める結果

ミネソタ州の青年の思考です。



普通の人(一つ目の思考の人)から見たら、
二つ目の「頑張る人」は、理解できます。

出来事に対する捉え方は、共通しているんです。
(その後の、アプローチは違えども)

しかし、三つ目の「ミネソタ州の青年の思考」は、なかなか理解できません。
出来事に対する捉え方が違うから、まるで宇宙人の思考のように思えます。
というか、「バカじゃねーの」と思われるでしょう。

でも、最終的に、一番多くのリンゴを売れるのは。

三つ目の考え方をする人だと思うのです。



何か、予想外の不幸な事態が起きたときに。
(例えば、受験に落ちたとか、会社が潰れたとか、離婚したとか)


 ピンチと捉えて、仕方なく受け入れるか。

 ピンチだけれど、頑張って立ち直るか。

 むしろ、そのことがチャンスだと思うか。


出来事。それ自体は、ただの出来事です。

ピンチにするか、チャンスにするかは、自分の思い様、一つです。


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タグ:フルーツ
posted by 加藤のどか at 15:26| 高知 ☀| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月25日

セルフビルド

僕の知り合いに、家を建てている人がいます。

家を建てている人といっても、大工さんじゃありません。彼は、普通の農家。
僕と同じように、都会からやってきて、農業をやっている人です。



そんな彼が、家を建てています。



実は、農家の仕事の半分くらいは大工仕事だといっても、過言ではありません。

例えば。ビニールハウスだって、立派な建物です。

施設園芸農家(ビニールハウスの農家)ならば、
ハウスのメンテナンスは、自分で行わなければなりません。

ちょっとした小屋や、ビニールハウスくらいならば、
普通の農家は、自分で建てちゃうんです。(僕は出来ないけれどね)



家を建てている彼も、施設園芸農家の一人。

もともと、ハウスを建てるスキルがあったので。
ならば、家を建ててやろうじゃないか。そう思ったとのこと。



自分で家を建てることのメリットは。
何といっても、安く出来上がることです。

「普通の家」を建てるための材料費は、200万円くらい。


システムキッチンなんかは、モデルハウスの解体現場に行って、
安く引き取ってきたりします。

お風呂も、トイレも、どこからかもってきて、自分で取り付けちゃう。

柱にする材木は、山の杉を切り倒して、自分で製材しちゃう。


農業の合間をぬって、家を建てています。

彼の計画では、200万円の予算で、
5年ほどかけて家を一軒、建てるようです。

(ちなみに、家を建てる土地は、既に彼が買ったところなので、
 完成のあかつきには、広々とした田んぼ&畑つきの一軒家になります)





自分で家を建てる。





多くの人は不可能だと思うでしょうし、やろうとすら思わないでしょうが。

彼は「普通に出来るんじゃねーの? 家くらい」と思っています。

大工さんだって「人間」なんですし、
やり方さえ(本などを読んで)分かれば、僕だって建てられると思います。



「今の時代、庭付き一戸建てなんか、夢のまた夢さ」



そう思う人は、当然のことですが、
「自分で家を建てる」という選択肢が、ありません。

○○工務店だとか、××建設だとかが作った、
土地つきで4000万円くらいの「庭付き一戸建て」を買うということは、
多くの人にとって、不可能でしょうが。

安い土地を買って、そこで数年かけて、自分で家を建てるということならば、
多くの人にとって、可能だと思うのです。



自分で家を建てるならば。何千万円の資金なんて、必要ありません。

数百万円あれば、山一つくらい買って、平らなところに家を(自分で)建てて、
水や電気工事も自分で行って、晴れて「新築一戸建て」に住む。

ということは、可能なんです。

東京のど真ん中に職を持っている人ならば、難しいでしょうが。

ちょっとした地方都市に住んでいる人ならば、
車で1時間以内の「ド田舎」の土地を買って、自分で家を建てちゃったって。


いいんですよ。可能なんです。


でも。


「他人(大手建設会社)に家を建ててもらう」という選択肢しかなければ。

30歳くらいで、35年ローン(退職金で支払完了)なんていう。
正気の沙汰とは思えない泥沼に、足を踏み込まざるを得なくなってしまいます。

35年ローンで、家を買うということは。

言い換えれば「35年かけて家を建てている」ということ。
35年かけて建てた家の先取りをして、住んでいるということです。



自分で家を建てれば、数年で済む。

他人に建ててもらって、それを「先取り」しようと思えば、35年かかる。



ちょっとしたチャレンジ精神と、行動力さえあれば。
庭付き(どころか山つき)一戸建てだって、簡単に手に入るんです。
(あと、周りにナンダカンダ言われることを、気にしなければ)



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posted by 加藤のどか at 15:25| 高知 ☀| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月24日

300年前の希望

300年前。

西暦1708年。元号でいえば宝永5年。

赤穂浪士の討ち入り(1702年)も、
そろそろ人々の記憶から消え去りかけているであろう、300年前。



そのころの人々は、何を考えていたのでしょうか。



今よりは、農業技術も乏しく。肥料も農薬もなく。
ときには飢饉も起こり、餓死者も出るような。


300年前の、普通の人々。


私たちの、おじいちゃんの、おじいちゃんの、おじいちゃんの、
おじいちゃんの、おじいちゃんの、おじいちゃんは。

何を考えていたのでしょうか。





 米がたくさん実ればいいなぁ (゜▽ ゜)


 獣に田んぼを荒らされたくないなぁ(゜△ ゜)


 田んぼの草とりが大変だなぁ(゜△ ゜)


 稲を虫に食われたくないなぁ(゜△ ゜)


 腹いっぱい、米を食いたいなぁ(゜▽ ゜)


 毎日、腹いっぱい、米を食いたいなぁ(゜▽ ゜)


 正月じゃなくても、餅を食いたいなぁ(゜▽ ゜)


 甘〜いものが、食べたいなぁ(゜▽ ゜)


 口がとろけるほど、甘いものを食べてみたいなぁ(゜▽ ゜)


 毎日果物が食べられたら、どんなに幸せだろう(゜▽ ゜)


 暖かい布団が欲しいなぁ(゜▽ ゜)


 暖かい着物が欲しいなぁ(゜▽ ゜)


 冬は暖かい家にいたいなぁ(゜▽ ゜)


 夏は涼しい家にいたいなぁ(゜▽ ゜)


 冬の水は冷たいなぁ(゜△ ゜)


 水を汲みに行くのは大変だなぁ(゜△ ゜)


 家に暖かいお湯が湧き出てくればいいのに(゜▽ ゜)


 そしたら風呂に毎日入ってやろうか(゜▽ ゜)


 赤ん坊が元気に育ってほしいなぁ(゜▽ ゜)


 赤ん坊が死なないでほしいなぁ(゜△ ゜)


 子供には、読み書きそろばんを身につけさせてやりたいなぁ(゜△ ゜)


 丁稚に出た息子と、たまには話したいなぁ(゜△ ゜)


 たまには声を聞きたいなぁ(゜△ ゜)


 空を飛んでみたいなぁ(゜▽ ゜)


 世界はどこまで続いているのだろうなぁ(゜▽ ゜)


 一度でいいから、世界の果てを見てみたいなぁ(゜▽ ゜)





私たちの、おじいちゃんの、おじいちゃんの、おじいちゃんの、
おじいちゃんの、おじいちゃんの、おじいちゃんは。

そんなことを考えていて。

彼の、孫の、孫の、孫の、孫の、孫の、孫である私たちは。

その望みを、ほとんど叶えることができます。



米はいくらでも実り。飢えることはありません。


遠く離れた家族と、話すこともできます。顔を見ることもできます。
たとえ異国にいようとも、話すことができます。

ほとんどの病気は克服され、赤ん坊も元気に育ちます。

冬は暖かい部屋に、夏は涼しい部屋に住むことができ。
ふわふわの布団にくるまり、眠ることができます。

空を飛び、地球の裏側まで1日で行くことができるようになりました。



300年前の希望は、ほとんど実現したというのに。



なんでこんなに忙しいのでしょうか(゜△ ゜)



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posted by 加藤のどか at 15:24| 高知 ☀| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月23日

高知県と坂本龍馬

さ来年の大河ドラマは、坂本龍馬でやるらしいですね。
我が高知県では、お決まりのように、お祭り騒ぎで盛り上がるんでしょうね。

ま、山間部はどうせ関係ないから、被害もないんですが。

ちょっとした愚痴を、この機会に吐いておきましょうか。



高知県は、ことあるごとに、龍馬龍馬龍馬。

土産物屋には龍馬Tシャツ! 観光名所は龍馬記念館!
桂浜の龍馬像で記念撮影! 行き帰りは高知龍馬空港で!!!

まさに龍馬様様。県をあげてのヒーローとして扱っていますが。





坂本龍馬って、脱藩したんじゃねぇの?





高知「県」から見ると、敵というか、裏切り者でしょう。

先の大河ドラマで主役となった山内一豊は、
自分のところのお殿様ですからね。まぁ、いいとして。


坂本龍馬って、藩(高知県)を見限って、
地元を捨てて脱藩した人なワケでしょう。

そういう人を、いくら人気があるからといって、
持ち上げて、「県」として恥ずかしくないのだろうか。


あれですよ。
近鉄が野茂を「うちが育てた」とかいって、威張るようなもの。
(もう近鉄なくなっちゃったけど)

近鉄が野茂を(アメリカで成功したからといって)ヒーロー扱いしたら
「おいおい、恥ずかしくねぇのかよ」と思うじゃないですか。

ま、野茂と違って時代が経っている分、そういう感覚も無いのでしょうが。



うーん。。。別に、どうでもいいんですけれどね。

うっすらとした後ろめたさを感じてほしいんですよ。高知県には。



坂本龍馬は、人気がある人なんだし、高知県のためには利用すべき。
そりゃそうだと思います。観光客だって、たくさんやってくる。
僕が高知県知事でも、坂本龍馬は最大限に利用しますよ。

でも、一方で。

「テメーはうち(高知県)から脱藩していった素浪人じゃねぇか。
 お上は何百年たとうが、脱藩人は認めねぇ!」っていう、
時代錯誤な頑固さを持ち合わすという選択肢も、あるわけです。

そうしてほしい、ということじゃないんですが。

そういう選択肢もある、というか、筋としては、そっちのほうが正しい。
少なくとも、脱藩人を未来永劫認めないという、理屈は通っています。

そういう理屈もあるということは、頭の片隅に置いた上で。
というか、理屈としては、そっちのほうに分があると思った上で。

その上で、観光のためや、今の県のためには、
坂本龍馬を観光資源として、仕方なく利用するのである。

といった、少しの苦渋があった上での、
「高知県の坂本龍馬」であってほしいんですよ。



ま、どーでもいいんですよ。僕、高知県出身じゃないし。

でも。

諸手を挙げて「高知県が、日本史上の一番の偉人を生み出した!」
とかいって、喜んでほしくないんですよ。何となく恥ずかしい。

坂本龍馬を受け入れられなかった土佐藩。
そして、坂本龍馬に見限られた土佐藩。

そういう土佐藩の延長線上にある高知県が、
坂本龍馬を看板として利用するということに。



高知県人が、うっすらとした後ろめたさを感じていてほしいなぁ。

などと、僕はうっすらと思うのです。


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posted by 加藤のどか at 15:23| 高知 ☀| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月22日

書評:塩屋さんが書いた塩の本

土曜日は、各種おすすめ本を紹介する書評の日。

きょうご紹介するのは、松本永光著『塩屋さんが書いた塩の本』です。


何週間か前に。

メルマガの下の欄(本文ではないところ)で、
シャンプーについての話を書いたところ。

読者の方から「私は塩で髪を洗っていますよ」
というメールをいただきました。


ほう。塩とな。(゜o ゜)


そういえば、塩を洗剤代わりに使うとか、塩風呂に入るだとか、
いろいろ「塩」に関する噂は聞いたことがありますが。

噂を聞いているだけで、塩なるものにどういう力があるのか、
改めて自分の脳味噌を検索しなおしてみると、ほとんどデータがありません。

「塩=しょっぱさの素」ぐらいのイメージです。情けないことに。

ちょいと興味が湧いてきましたので、早速本を一冊、買ってみました。


それが、きょうご紹介する『塩屋さんが書いた塩の本』。


身近な存在であり、必要不可欠な存在ながら、
普段あまり意識したことのない「塩」についての一書です。



著者の松本氏は、『塩屋さんが書いた塩の本』のタイトル通り、塩屋さん。

それも、皆さんゼッタイご存知の、超大手の塩屋さん。
「ハ・カ・タ・の・塩!」の社長さん(創業者)です。
塩の、プロ中のプロの人です。



塩とは何ぞや。と、問われたときに。

中学校の化学の授業の記憶を、
まだ脳味噌からアンインストールしていない人ならば。

「塩とは、塩化ナトリウム。NaClのことである」

と、答えるかもしれません。

中学校の期末試験ならば、これで○がもらえるのかもしれませんが。
実際には、塩=塩化ナトリウムではありません。


塩の「主成分」は、たしかに塩化ナトリウムです。

辞書を引くと


しお〔しほ〕【塩】
塩化ナトリウムを主成分とする塩辛い味の物質。


と、あります。

あくまで「主成分」なんですね。
塩≒塩化ナトリウムであり、塩=塩化ナトリウムではないんです。

空気の主成分が「窒素」であるからといって、
空気=窒素ではないのと、同じようなことですね。



では、塩化ナトリウム以外に、塩には何が含まれているかというと。
マグネシウム・カリウム・カルシウムなどの、さまざまな成分が含まれています。

これを通常「にがり」と呼びます。
「にがり健康法」などの「にがり」ですね。豆腐を固める「にがり」です。

塩の中の塩化ナトリウム以外の部分が、にがり。
塩化ナトリウム+にがり=塩、というわけです。



従来の塩とは、多量に「にがり」を含んだものでした。

本書によれば、明治時代の「塩」に含まれる「塩化ナトリウム」は、74%。
たったの74%です。のこりの26%は「にがり」だったんですね。

それが時代を経るにしたがい、純度の高い塩化ナトリウム抽出技術が開発され、
「にがり」の割合は、下がっていきました。

現在、最も多く消費されている「塩(普通の塩)」の
塩化ナトリウム割合は、99.9%%近くになります。



塩化ナトリウム以外の、にがり分が多量に含まれる塩を「自然塩」。
99.9%が塩化ナトリウムの塩を「精製塩」と呼びます。


では。

「自然塩」と「精製塩」は、どのような違いがあるのでしょうか。

こんな実験があります。



アサリに砂を吐かせるために「塩水」を使うということは、
料理をやる人ならば、ご存知だと思いますが。

この「塩水」を、「精製塩水」と「自然塩水」にした場合。
どのような違いが現れるのでしょうか。

実験したところ。


【自然塩】からつくった塩水に入れたアサリは、
数分のうちに塩を噴き上げはじめました。

中には、1メートル近くも塩を飛ばし、
あたりを水浸しにしてしまうようなアサリも出現します。

一方。

【精製塩】からつくった塩水に入れたアサリは、
20分以上経ってからも、ほとんど塩水を噴き上げませんでした。

一見、同じような「塩水」ですが、
アサリにとっては、大きな違いのある2種類の塩水なのです。

※サイト下部に実験写真
⇒ http://www.nichienken.org/siohyakka/hyakka5_aji.html



精製塩と自然塩の違いは、実際になめてみればハッキリと分かります。

精製塩は、ピリピリするような、痛いしょっぱさがあります。
自然塩は、まろやかな、少し甘味のあるようなしょっぱさです。


これは、味覚が鋭い人でなくとも分かります。


スーパーで、普通の「食卓塩」と、ちょっとお高い「海の贈り物」みたいな
名前のついた自然塩を買ってきて比べれば、誰でも違いが分かります。


どちらが体に良いかは明らかだと思いますが、
現在、日本で消費されている塩のほとんどは、精製塩。


そして。


まだ、「安くて質の悪い(体にあまり良くなさそうな)塩」と、
「高くて質の良い(体に良さそうな)塩」という区分があった上で、
『うちは家計が苦しいから精製塩を使う』という判断ならいいんですが。


普通は、塩に「精製塩」と「自然塩」があるということを知らずに、
塩といえば「食卓塩(精製塩)」という感じで、
ただ選んでしまっているということが、多いと思います。

精製塩と自然塩には、他にもいろいろな違いがあるのですが、
まぁ、詳しくは本を読んでもらうとして。



さらに。



塩には食用以外の役割も多いのです。

その一つが、冒頭でちょっと触れましたが、洗剤としての役割。

実は、塩というのは、PH10.6にもなる超アルカリ性物質です。

これで食器を洗えば、ツルツルピカピカになり、
当然、洗い残しがあっても健康に害は無し。(塩なんだから)
もちろん、海に流れたところで環境に害もなし。(塩なんだから)

塩で体も洗えるし、髪も洗える。
万能洗剤としての役割も、塩にはあるのです。



身近な、誰にとっても必要な存在ではあるけれど、
その正体のほとんどを我々が知ることのない「塩」。

塩のプロが、塩について余すところなく教えてくれるのが。
本書『塩屋さんが書いた塩の本』。

食卓を、そして日々の生活を、より豊かにするために、
ぜひ知っておいてほしい知識だと思います。





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posted by 加藤のどか at 15:22| 高知 ☀| 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月21日

日本農業の再生策

僕が愛読しているメールマガジンの一つに
『経済ニュースゼミ』というものがあるのですが。

そこに、こんな話が載っていました。
http://archive.mag2.com/0000143981/20081105163417000.html

日本農業の再生策について。

詳しくは上の話を読んでほしいのですが、無理やり3行でまとめるならば。



米の輸出入を自由化して、日本の米の安全性と美味しさをアピールして、高価格
で海外に売ればいいんじゃね? 外人にも金持ちは多いからね! 外国から安い
米が輸入されるけど、そらしょうがない。んで、減反政策と補助金は止めること。



ということです。無理やりまとめてみました。



日本農業の再生策。

壮大なテーマですね。

一つ、僭越ながら、僕も論じてみることにしましょう。



『経済ニュースゼミ』さんの、米の輸出入を(ちょっとだけ)自由にするという
意見には、賛成です。

これは「田んぼが荒れないように、補助を行いながら、守り続ける」という
条件をつけた上での話ですが。

ちょっと甘いようですが、ある程度の保護を続けて、
田んぼを守り続けないと(耕作し続けるようにしないと)いけないと思います。

一度、荒れ果てた田んぼは、もとに戻すのがとても難しいからです。

輸出入自由化の結果、もしかしたら、米の価格が下がって、
経営が立ち行かなくなり、耕作放棄する農家が出てくるかもしれません。

そういう農家が出ないように、最低限の補助は行わなきゃいけないと思います。

ちょっと甘いようですが、田んぼというのは、
2〜3年、耕作しなかったら荒れ果ててしまい、
復活させるのが難しくなってしまうため、補助は必要だと思うのです。

これは「守り」の部分ですね。



そして。



「攻め」の方策。

海外に、日本の米を売る。

これは、バリバリやるべきだと思います。
日本の米は、安全だし、美味しいし、海外の富裕層にも売れるはずだと思います。


が。


今ある、コシヒカリなどの、日本の米(日本人向けの米)を売るのではなく。
最初から、海外に売る用の米を作ったほうが、いいのではないかと思います。



具体的には、インディカ米です。



米は、大きく2種類に分けることができます。


ジャポニカ米と、インディカ米。


ジャポニカ米というのは、我々が普段食べている米。
もちもちしていて、粘りがある米です。

コシヒカリ・アキタコマチ・ササニシキ・ヒノヒカリ・もち米、
すべてジャポニカ米です。



一方、インディカ米というのは。

10年ほど前、米不足のときに話題になった「タイ米」なんかが、そうですね。

細長くて、粘りがなくて、サラサラしている米。
調理方法もジャポニカ米とは違い、炊飯器で炊くというよりも、
パスタのように「茹でる」のです。米を茹でて、ざるにあげるようなやり方。

こじゃれたレストランなんかだと、ピラフやカレーなどに、
インディカ米を使用しているところも、あるんじゃないでしょうか。



実は、世界ではインディカ米のほうが主流。
世界で生産されている米の8割ほどは、インディカ米だそうです。

日本の米、すなわち、もちもちした粘り気のあるジャポニカ米というのは、
世界的に見れば、特殊な米なんです。



だったら。

最初から輸出向けに、インディカ米を作っちゃえばいいんじゃねぇか。

東南アジアとか、インドとか、欧米の金持ち相手に、売ればいいんじゃねぇか。

と、思うんですよ。



海外の市場を調査して、どんな米を彼らが求めているのかを知り、
栽培技術を学び、日本で栽培する。

簡単なことだと思います。

僕は、日本の農業技術というのは、世界一だと思っています。

ジョジョ風に言うならば
『我がニッポンの農業技術は世界一ィィィ!!!』だと思っています。
(右手を天に掲げ、上方を見上げながら、声高らかに)



日本の農業って「やればできる子」なんですよ。

ただ、やっていない。やろうとしていない。海外になんて売ろうともしていない。



つまり「生産」の部分は、超得意なんです。苦手なのは「営業」。

必要なのは、宮崎県のヒガシ知事のようなセールスマンです。
日本の米を世界に売り込む、セールスマン農林水産大臣の出現ですよ。

そして「世界ではこういう米が求められています。これを作ってください」
といって、種を渡せば、日本の農民は作れるんです。(と、僕は思う)



な〜んてことを。

実は、今年の春ごろにも、漠然と考えていまして。

今年、僕、自分でインディカ米つくってます。(゜▽ ゜)



その顛末は、後日「二度目の稲作シリーズ後編」でお伝えしますが。

途中経過をお伝えしますと。ちょっと、つまづいておりまして。



収穫はできたんですがね。

精米ができねぇぇぇぇぇえっぇえぇぇうえっぇうえぇぇぇ!!!(゜△ ゜)



うん、うすうす感づいてはいた。

ジャポニカ米とインディカ米は、形がかなり違うからね。
日本の精米機じゃ、精米できないかなぁ、とは、春から思っていた。

やっぱり、できなかった。



ちょっとそこで、手間取っているのでね。

ひと段落ついて、精米ができましたら。
「二度目の稲作シリーズ」を開始しようと思っています。


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posted by 加藤のどか at 15:21| 高知 ☀| 農業のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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