2008年10月31日

投資と消費

長く「都会育ちの田舎暮らし」を読んでいる方は、
お分かりいただけているでしょうが。


僕は「食費にはお金をかけるべきだ」という立場です。


お金がないなら、携帯電話を解約したり、年に一度の海外旅行をやめたり、
映画を見るのを控えてでも、「食費」にお金をかけるべきだと思っています。



しかし、多くの人(普通の人)は「節約するなら、まず食費から」と考えます。



主婦の節約術といえば、まず食費から始まります。

学生は食費を節約して、趣味や娯楽にお金をかけます。

社会人になっても「昼食は500円以内で」などと節約している人もいます。



そういう人たちは、
食費にお金をかけることは「贅沢」だと思っているのではないでしょうか。

食費にお金をかけても、食べてしまうのだから、あとには何も残りません。

テレビを買えば、テレビは残ります。
旅行に行けば、楽しい思い出が残ります。

でも、食費にお金をかけても、また腹は減るのだし、無駄じゃないか。

だったら、できるだけ食費を安くするのは当然のこと。
お腹が膨れるのであれば、何でもいいのだ。

いくら質が良くても、食事にお金をかけるのは贅沢じゃないのか。

そう思っているのでは、ないでしょうか。





お金の使い方は、2通りに分けることができます。

それは「投資」と「消費」。

「投資」とは、そこに使ったお金が、
将来、そのお金以上になって戻ってくることを期待する使い方。

「消費」とは、そこに使ったお金が、
将来、お金となって返ってこない使い方です。



「投資」の典型的な使い方は「株」ですよね。

トヨタの株を「値上がり」することを期待して、買う。

その結果、上がるか下がるかはともかくとして、
この時点では「使ったお金以上のお金が返ってくる」ことを
期待している使い方です。

ですから、この行為は「投資」となります。



また、「年末ジャンボ宝くじ」を買うという行為。

その行為が割りに合うかどうかという「期待値」の話は別として、
宝くじを買う当人は「使ったお金以上のお金が返ってくる」ことを期待します。

ですから、当人の主観的には、宝くじも「投資」になります。
(客観的には「投資」ではなく「消費」ですが)



「月に一度、高級レストランで食事をする」という行為は、どうでしょうか。

どんなに美味しい食事をしても、そこで支払ったお金が、
いつかもっと増えて帰ってくると思う人は、少ないです。

「高級レストランの食事」は、「消費」になります。
ここで使ったお金は、自分のもとに返ってくることは、ありません。



しかし「高級レストランで食事をする」という行為をしているのが
「一流シェフになることを夢見ている若者」なら、どうでしょうか。

若者は、高級レストランの味がどのようなものか、
サービスはどのようなものか、それらを勉強するために、
月に一度、高級レストランで食事をしています。

その経験を生かし、一流のシェフになろうとしています。

この場合、若者の行為は「消費」ではありません。
自分への「投資」となるのです。



同じ行為でも、当人の心構えによって、
「消費」であるか「投資」であるかは、違ってきます。

本を読むのでも、ただ暇つぶしに読むのであれば「消費」。
そこから知識を得て自分を成長させようとするのであれば「投資」になります。



では。

「食費」は、どう考えるべきでしょうか。
これも、捉え方によって違いますが。

僕は「食費」とは「投資」であると考えています。



食費にお金をかけて、健康的な食材を買う。
少しくらい高くても、無添加・無農薬のような食材を買う。

そのことにより、自分の体は、より健康的に動けるようになります。
頭はスッキリし、仕事のスピードも上がることになります。

病気にもかかりにくくなるので、活動できる時間が増えます。

1日1000円、余分に食費をかけたとしても
そのことにより体が健康的になり、集中力が増して、
1000円分以上の仕事ができるのであれば。

その食費は「投資」だと思います。自分の健康・能力への投資です。
(もしくは、旦那さんや子供の健康・能力への投資)



食費に1日1000円、余分にかけられないという人は。

自分や家族が健康になり、活動的になったとしても、
1日1000円を余分に稼ぐことはできない。

だから、無駄である。消費である。

食費にかけたお金は、戻ってこないのだから。
そう思っているのではないでしょうか。



僕は、食費というのは、最も効率の良い投資の一つだと思っています。

一応、言っておきますが。
外食(娯楽)にお金をかけるのでは、ありません。

食費に投資するということは、「健康」に投資するということ。
人間ドックに行ったりすることと、同じ行為です。

自分の能力を、より発揮できるように「投資」するのです。



皆さんは、食費を「投資」だと思いますか。それとも「消費」だと思いますか。



「投資」だと思う人は、食費にお金をかけるのが楽しいです。
それは、いつかもっと大きくなって、自分のところに戻ってくるのですから。

「消費」だと思う人は、食費にお金をかけるのが苦痛です。
それは、その場かぎりで消えてしまうのですから。



banner

ぽちっとクリックお願いします。
ラベル:食生活
posted by 加藤のどか at 10:02| 高知 ☁| 食べ物のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月30日

セカンドゴロの実演

皆さんご存知のように。

僕は毎日、メールマガジンを発行しております。



話を書くときの目的は

「お昼休みの1〜2分で読めて、おもしろくて、ちょっとタメになって、
 また明日11:45にメルマガが届くのが楽しみになるような話」なのですが。

そうそう毎日、そんなウマイ話が書けるわけもありません。



気づけば415回も発行しているのですが、
「よし、なかなかいい話が書けたぞ!」という、
自分の中での「ヒット」は、1週間に1〜2回くらいのもの。

その他ほとんどは「まあ、読むのには苦痛じゃないかな」とか、
「少しくらいの知識は得られるかな、文章は面白くないけど」とか。

ヒットを狙っているも、凡打に終わっているわけです。



逆に、何かが憑依したかのように、
(主観的に)ものすごく面白い話を書けるときもあります。
こりゃコピペがネット上に出回ってもいいんじゃねぇかと思うくらいに。


出会い頭のホームランですね。


そういう話は、今まで発行してきて5回くらい。
100回書いて1回あるか、というくらいですね。



僕の思う、今までのメルマガ成績は、以下のような感じです。



打数  415

打率  .214

本塁打 5

三振  約20(どうしようもなくツマラナイ話)

失策  4(11:45に発行が間に合わなかった)



極力、チームバッティングに徹しようとしている、
けなげな二番セカンドの姿が浮かび上がってきますね。



レギュラーで毎日打席に入っているけれど(日刊発行)
打率はそんなに高くないし、ホームラン(すごく面白い話)も少ない。

でも三振(読むに耐えないような話)も少なく、
チーム(読者)に迷惑をかけないようなバッティングを行う。

犠牲バントや守備は得意。選球眼も良いので四球が多い。
ワンナウト2塁だったら、セカンドゴロを打ってランナーを進められる。



元オリックスの福良のようなポジションです。



415回も打席に入っていると、好不調の波というのもあります。

「稲作シリーズ」のような大ネタで、(主観的に)ヒットが続き、
月間打率は3割5分くらいあるんじゃねぇか、というときもあります。
(稲作シリーズは、去年に一度、今年の春に一度、行った連載もの)

逆に、どうもネタが思いつかず、1週間ずっと凡打を続けるときもあります。
(すいません、長い目で見てやってくださいな)

絶好球が来たので(いいネタを思いついた)、思いっきりバットを振ったら、
凡打に終わるときもあります。(ネタを消化しきれなかった)



どうしてもヒットが打てそうにない(ネタがない)ときなどは。

「見逃し三振だけは避けよう。ピッチャーに球数を投げさせて、
 最終的には、フルカウントからゴロを転がそう」と思うときもあります。

チームにすれば、何も得るものは無いけれど、
一応、レギュラーとしての体裁は保てたかなという打席。









例えば。今回のような話のことです。


banner

ぽちっとクリックお願いします。
posted by 加藤のどか at 10:01| 高知 ☁| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

冬のキューリ

今、スーパーに行くと、どのような野菜が売られているか、分かりますか?

主婦の方ならすぐに分かるでしょうが、
会社勤めの旦那さんだと、あまりピンと来ないかもしれません。

ジャガイモ・サトイモ・サツマイモ。
ピーマン・ナス・トマト・キューリ。
ハクサイ・キャベツ・ダイコン・ニンジン・ゴボウ。。。

というラインナップを見ると。
ま、いつもと変わらないってコトです。

夏だろうが冬だろうが、そう大きく、
野菜売り場に並ぶ顔が変わることは、ないのです。



野菜には「旬」があるものですが、
スーパーの野菜売り場には「旬」がありません。

トマトやキューリなど、常に顔を揃えている野菜があります。
本来、キューリは夏の野菜です。寒い冬に育つ野菜ではありません。



では、どうやって冬にキューリを育てているか。

加温栽培というやつです。

ビニールハウスの中で暖房を焚いて、暖かくし、
キューリが育つようにしています。

燃料は重油。

外が零下になっても、ハウス内の気温は10度以上を保つように、
自動的に暖房のスイッチが入るようになったりしています。



ここまでの知識は、多くの人が持っていると思います。

で。改めて考えてみてください。



すごくないですか?

建物(ビニールハウス)つくって、その中で暖房を焚いて、
キューリ育てているんですよ。

すげー贅沢な話だと思いませんか?

冬の東京で、ホームレスの人々が段ボールで寒さを凌いでいる中でも。
灯油代を惜しむ年金生活の高齢者が、厚着をして寒さを凌いでいる中でも。

キューリは、ぬくぬく暖かいところで育っています。



最近は、猫も杓子もエコエコエコエコ叫んでいますね。

アイドリングストップしましょう! という一方で、
重油を燃やしてキューリ育てるって、すごく矛盾していると思います。

冬にキューリを食べたい人って、そんなにいるんですかね?

冬のキューリは、あれば買うけれども、無くても、どーってことないです。
白菜でも食べていればいいと思うんですよ。



「需要」には、二種類あると思うんです。

本当に必要なものと、別になくてもいいけど売れば売れるもの。



冬のキューリに、真の意味での需要は無いと思うんです。

売り場に置けば売れますよ。

でも「冬はキューリが育たないから無いんですよ」といえば、
「それでも冬にキューリが食べたいのよぉぉぉおぉ」という
消費者の意見は、少ないはず。

そういう意見が多々出るようであれば、
本当に「冬のキューリ」の需要はあるのでしょうが。

キューリは、身体を冷やす野菜ですし、
もともと、冬には食べないほうがいいんです。

夏にできる野菜は、体温を下げるものが多いですから。
自然ってのは、なんだかウマクできているものなんです。



「売り場にあれば惰性で売れる」というものは、
本当の需要ではないと思うんです。

ま、そんなこと言うと「真の需要」を満たす商品なんて、そう無いのですが。

消費者としても、惰性で買うのではなく、一度立ち止まって
「本当に必要なものなのか?」と思うことが大切だと思います。




キューリだけを槍玉にあげていますが。
何もキューリが憎いわけじゃなく。ただの例ですので、あしからず。



banner

ぽちっとクリックお願いします。
posted by 加藤のどか at 10:00| 高知 ☁| 食べ物のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月28日

時間の距離

ご存知のように、僕は高知に住んでいます。で、出身は東京です。

そう言うと、多くの人から「なんでまた、そんな遠いところへ?」という
反応が返ってくるんですが。

僕、高知が遠いと思ったことは無いんですよ。



何十年前ならいざしらず、今は、交通網がずいぶんと発達しました。
距離は遠くとも「時間」でいえば、そう遠くなかったりします。

皆さんが思っているよりも「田舎」は、近いんです。

東京の会社へ、長野や新潟から新幹線通勤する人だって、いるんですから。
地図上で見る物理的な距離よりも「時間の距離」は、とても短かいと思うのです。



僕が、高知の山奥から東京に行くとしたら、何時間で行けると思いますか?



僕が住んでいる町は、四国山地の中央に位置しています。
牛丼屋も、ハンバーガー屋も無い、夜7時には真っ暗になる町ですが。


まず、僕の家から高速道路のインターまでが、15分。(信号なし)

ガラガラの高速道路を通って、空港に着くまでが40分。

東京までのフライトは、1時間20分。

合計、2時間ちょっと。



行こうと思えば、高知の山奥から2時間ちょっとで、
東京(羽田)まで行けるんですよ。

これ、結構近いと思いませんか?



関東にお住まいの皆さん。
「家を出た瞬間」から「新宿駅」まで何分でいけますか?

下手したら、家からバス停まで10分、バスで20分、電車を何回か
乗り換えて、新宿につくまで1時間半、合計2時間くらいかな・・・

なんていう人も、多いと思います。
(千葉県の新興住宅地に住んでいたりしたら、そのくらい
 かかるんじゃないかな?)



高知から「日帰りで東京に行く」なんて楽勝ですし(飛行機代は高いけれど)。
僕の感覚では、東京が全然遠くないんです。

「田舎暮らしをする土地」を考えるときに
できるだけ東京に近いところで・・・などと考えている方がいるとしたら。

その「近い」とは、物理的な距離なのか、それとも時間の距離なのか。

「時間」で考えたら、想像している以上に、近かったりするんですよ。


banner

ぽちっとクリックお願いします。
ラベル:時間
posted by 加藤のどか at 09:58| 高知 ☁| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月27日

一匹の蜘蛛

田舎に引っ越してきた、初めての夏。

一匹の蜘蛛が、家の軒下に巣を張りました。



都会では見たことのない、黒と黄色の、大型の蜘蛛です。
調べてみると「黄金蜘蛛(こがねぐも)」という種類だそうです。

コガネンと名付けました。



夏になり、気温は上がり、虫たちも増えてきました。

しかし、どうもコガネンは元気がありません。

それもそのはず。
コガネンの巣に、虫がかかっているのを見たことがありません。

あまり虫をとるのが、うまくないのでしょう。

かわいそうなので、庭の野菜についていた青虫を、
コガネンの巣にかけてあげました。

コガネンは、青虫を糸でまき、食べて、一回り大きくなりました。





庭で、青虫やバッタをつかまえては、コガネンに与えます。

コガネンは、すくすくと大きくなっていきます。

巣もだんだん、立派なものになっていきました。



夏の盛りの暑い日。

コガネンは、一人で大きなカナブンを捕まえました。
巣にかかったカナブンは、まだ暴れています。

自分よりも大きなカナブンを、糸で巻き、3日かかって食べました。



秋になり、少し肌寒い季節になってきました。
虫の数も少なくなってきました。

コガネンは、好物の青虫を食べて、まんまると太っています。



ある日。

コガネンが痩せています。

昨日までは、元気にまるまる太っていたのに、
見る影もないほど、やせ細っています。

不思議に思って巣の回りを見てみると、卵がありました。

はじめてコガネンが女性だったことを知りました。



産後の肥立ちのために、好物の青虫をあげました。3匹あげました。

コガネンは、再び太っていきました。



ある日。

またコガネンが痩せています。

せっかく青虫で太らせたのに、また痩せています。

見てみると案の定、また卵を産んでいます。勝手なものです。

また、青虫をとってきて、あげました。



ある日。

また、一段とコガネンがやせ細っています。

見ると案の定、3つの卵が並んでいます。



巣はボロボロになりました。

元気なときには、毎朝張り替えていた巣は、いたるところがほつれ、
風が吹いたら壊れてしまいそうです。

巣にバッタをひっかけても、コガネンは動きません。
食べる元気もないようです。

秋はまた、一段と深まっていきます。



秋というよりも、冬に近づいた、ある日。

コガネンは、いなくなりました。

ボロボロの巣と、3つの卵を残して、どこかへ行きました。












翌年の春。

コガネンの子供たちが、庭に散ってゆきます。

野菜の間に巣をはる者、木の枝に巣を張る者。
皆が皆、元気に旅立ってゆきます。

軒下に巣を張る蜘蛛は、いませんでした。



banner

ぽちっとクリックお願いします。
ラベル:昆虫
posted by 加藤のどか at 09:57| 高知 ☁| 田舎暮らしのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月26日

ダイエット

朝バナナダイエット、流行ってますね。
スーパーに行ったら、本当にバナナが売り切れていてビックリしました。

それだけ世の中には、痩せたいと思っている人が多いのでしょう。

僕はバナナを食べないので、別に売り切れたって構わないんですが。

バナナの世継ぎ候補として名の挙がっている「とろろ昆布」は困りますね。
あれは常食しているので。とろろ昆布が売り切れると思うと、心、乱されます。

ぜひとも、とろろ昆布以外の方が、世継ぎになってほしいものですが。



さて。



今日は、ダイエットについて考えてみます。



ダイエットは、古今東西老若男女犬猫豚馬鹿鼠、
あらゆる時代、あらゆる場所で語られる普遍の話題。

ダイエットに興味の無い僕が知っているだけでも。

リンゴダイエット、ヨーグルトダイエット、おからダイエット、
納豆ダイエット、そして昨今話題の朝バナナダイエット、と。

これくらいはスラスラと出てきてしまうほどに、
ダイエット情報というものが世に氾濫しております。



ということは。

皆さん、ダイエットに成功していないってことですよね。



ダイエットに成功して、その人が今後何十年も理想の
体型を維持し続けられるのであれば。

ダイエットは、産業として成り立ちません。

顧客の悩みを完全に解決すれば、顧客は顧客でなくなってしまう。
成功するダイエット法であればあるほど、リピーターには、ならない。

それなのに産業として成り立つんですから。矛盾しているんですよね。



ダイエットというと、新たな食品、新たな運動理論など、
様々な方法が出てきますが、どれも根本的な解決には至っていません。

根本的な解決とは、
「その人が、二度と、ダイエットしたいと思わなくなること」

自分の体型に満足し、美味しいものを食べても太らない。
そういう状態のことです。
(そして、二度とダイエット産業のお客にはなってくれない)

つまり、どんな食品も、どんな栄養論も、どんな運動理論も、
所詮、対症療法であり、ダイエット(太る)という病の
完治には至っていないということです。



なぜか。
なぜ、数多のダイエット理論は、意味を成していないのか。

僕は、ダイエットというのは、精神的なものだと思うのです。
精神を変えない限り、ダイエットという病は完治しないと思うのです。



以前、このメルマガで「食のリズム」の話のときに、
食べ物には「脳が求める食品」と「身体が求める食品」があると書きました。
(あ、余談ですが、僕は「身体」と書いて「からだ」と読んでいます)

身体が求める食品というのは、どのようなものかというと。

それは「健康」「長寿」を目指すものだと思うのです。
本来、身体はそういう食物、そういう食事リズムを求めているはず。

しかし脳味噌は、身体が求めている食事が分からないんです。
だから、身体に悪いインスタント食品だとか、ラーメンだとかを食べたがる。

「身体が求める食物」と「脳味噌が求める食物」がずれていること。

この矛盾は、人間だけが持つものであり、
だからこそ「食文化」なるものが発達していった。

これが、大まかな僕の「食」に対する考え(の前提)です。
(例えば、野生のライオンは、肉を食べたいと思い、そして、
 肉はライオンの身体にとって、とても良い食品であるということ。
 ここには、人間が抱えるような矛盾は無い)





ダイエットを目指す人には、大きく分けて、2つの理由があります。

・自分の体型に満足できないか。(脳味噌の不満)
・健康上の問題か。(身体の不満)

周りから見たら、十分痩せているのにダイエットをするような女の子は、
「自分の体型に満足できない」という「脳味噌」の不満をかかえています。

メタボ検診を受けた結果、仕方なくダイエットをはじめるオジサンは、
自分の体型には満足している(というか、どうでもいい)のだけれど、
「このままじゃ死ぬ」とか言われたから、仕方なくダイエットを始めた。
これは「身体」の不満を抱えている例です。



どちらも、精神(脳味噌)の問題がかかわっています。



前者は、適度な身体を、適度だと感じられない脳味噌の問題。

後者は、脳味噌が食べたいものと、身体が食べたいものの齟齬が大きい問題。



そして、ダイエット問題が解決している理想の状態とは、
以下のような状態を言います。

身体が求めるものを食べ、脳味噌も満足すること。

基本的には、身体が求めるもの、健康や長寿につながるものを食べる。

それで脳味噌が不満を感じるようであれば、ときどき、
脳味噌が欲するものを食べるようにする。

そういう生活を続ければ、自然と、身体のほうに「脳味噌」が
引きずられていき、「身体」の求めるものと「脳味噌」の求めるものが
シンクロしていく。

最初は、身体にいいとされるもの(例えば、玄米・海草・野菜など)が
まずい(脳味噌的な感覚)と思っていたのに、次第と、
それがおいしい(脳味噌的な感覚)と思うようになってきた。

0%だったシンクロ率が、10%、20%、と上がっていき、
80%くらいまでになれば、極端に太ったり痩せたりすることは、
決して無いはず。

100%が理想ではあるけれど、これはいわゆる「悟り」の状態だと
思うので、一般的には80%くらいのシンクロ率を目指せば
いいのではないかと思います。



ダイエットが、精神的な問題であるというのは、
目指すべきところが、上に書いたような状態だからです。

ダイエットは、肉体を変える行為ではありません。
真のダイエットとは、精神を変える行為なんです。

精神を変えた結果、肉体も変わってくる。これが真のダイエット。

「ラーメンを食べたい」「スナック菓子を腹いっぱい食べたい」という
(身体的には)誤った欲求を抱えたまま、むりやり、
一般的なダイエットを続けたところで、根本的な解決にはなりません。

精神は、何ら変わっていないからです。

精神の欲望(脳味噌の食欲)と、肉体の欲望(身体の食欲)の
齟齬が放っておかれたままになっているからです。



もちろん、齟齬がある状態でも、体型を維持し続けられる人はいます。

心の中では「スナック菓子を食べたぁい」と思ったままでも、
強靭な精神力で、その欲望に蓋をし、モデル体型を維持するための
食事を続ける。そのような人も、いると思います。
最後まで(死ぬまで)心が折れない人も、いると思います。

しかし、叶えられない欲望を持ったままで生き続けるのは、
あまり幸福な生き方のようには思えません。

それだったら、食べたいものを食べて、太ったほうが
かえって幸せなんじゃないか、とも思います。



話がそれましたが。



要は、精神を変えないまま、肉体だけを変えようと思って、
朝バナナやらブルブル燃焼ベルトやら、その場限りの対症療法を
売りにしているのが「ダイエット産業」というものだと思います。

これは、ギャンブル狂になり、借金が膨らんでいる人に対して。
「各社のクレジットを一本化すれば、解決しますよ!」と
売り込むようなもの。

本当の解決とは「ギャンブル依存」を無くすことなのに。

ダイエットも、同じことなのです。



じゃあ、どうすればいいのか。

まず、正しい食事を、出来る限り多くすることです。
1日1食からはじめ、1日2食、1日3食に増やす。

そういう生活を、1週間に3日から、1週間5日、6日にまで増やす。

「正しい食事」とは何ぞや、とは、各種の情報がありますので、
ここでは別に説明しませんが。(それでなくても今回は文章が長いから)



そして健康的な身体を手に入れたものの、
やはり満足ができないという人もいるでしょう。

周りから見れば、ちょうどいい体型なのに、
まだ痩せようとしてダイエットを目指す女の子のようなもの。

精神的には「整形」などと同じような意味だと思います。



本来、肉体には「個性」があるものなのに、
みんながみんな、均一のところを目指しているのが、おかしいことです。



背が高い人もいれば、背が低い人もいる。

髪がふさふさの人もいれば、ハゲる人もいる。

白人もいれば黒人もいれば黄色人種もいる。

一重まぶたもあれば、二重まぶたもある。

ぽっちゃり体型の人もいれば、ガリガリの人もいる。
(それが、本人にとっては一番、健康な体型だとして)



どの肉体が流行っているかなんて、文字通り、タダの「流行」なんですから、
そんなものに自分の健康を差し出すのは、馬鹿げた行為です。

周囲に惑わされず、自分の健康的な肉体に自信を持って、毎日を明るく過ごす。

自分の身体にとって理想的な体型を手に入れて、
脳味噌もその体型を、自信を持って受け入れること。

そういう生活こそが、真のダイエットだと思うのです。








そして、こんな趣旨のダイエット本を書いても、売れるわけがないのです。


banner

ぽちっとクリックお願いします。
ラベル:ダイエット
posted by 加藤のどか at 09:55| 高知 ☁| 食べ物のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月25日

新・動物実験を考える

土曜日は、各種おすすめ本を紹介する書評の日。

きょうご紹介するのは、野上ふさ子著『新・動物実験を考える』です。



動物実験。

その存在は、多くの人が知っていると思います。

しかし、具体的にどのような実験が行われ、
その実験が我々の生活にどのように影響し、どのような効果があるのか。

詳しく知っている人となると、少ないと思います。



私たちのほとんどは動物実験について知識を持っていませんが、
私たちの生活を成り立たせるために、数多くの動物実験が
行われていることは、確かなことです。

華やかな生活の、よく言えば「縁の下の力持ち」、わるく言えば「闇の部分」。

そんな動物実験に、今日はスポットライトを浴びせてみたいと思います。



動物実験は、どのような製品に対して行われていると思いますか?

すぐに思いつくところでは、農薬や食品添加物などの「毒性」実験です。

最近話題のメタミドホスとかメラミンとかにしても、
「基準値を大幅に上回るメラミンが〜」とか報道されていますよね。

この「基準値」を決めるのが、動物実験。

メラミンを動物に与え、健康への影響を確認して、
じゃあ体重が○○倍の人間だったら、このくらいかな〜。

という感じで、食品添加物などの「基準値」は決められます。
(当然、大量の薬物を与えられた動物は死にます)



他に連想しやすいところでは「医薬品」など。

副作用には、どのようなものがあるか。
どのくらい投与すれば、実際に効果があるのか。

そういう値をはじき出すための基準は、動物実験にあります。
メジャーな動物実験の一つですね。



ちょっと思いつかないところでは、ダイエット食品。
「ウーロン茶がダイエットに効果がある!」なんてことを証明するためには
動物実験が必要になります。

ウーロン茶を飲ませたマウス、水を飲ませたマウス、日本茶を飲ませたマウスを
強制的に運動させ(水に30分間、おぼれさせて、手足を動かさせるとか)
体重に変動があったかどうか、脂肪のつき具合はどうかなどを観察します。
(当然、解剖して)



そして。意外なところでは、化粧品。
化粧品は直接、肌につけるものですから、厳しい安全基準が求められています。

シャンプー・リンス・洗剤なども、ほとんどは動物実験が行われた上で、
人間に対する安全性を確かめているのです。

この実験を経ないことには、新商品を発売することができません。



では。



実際には、どのような実験が行われているのでしょうか?
おそらく、だれもが利用している「化粧品(シャンプー等、含む)」で
行われる動物実験を見てみましょう。



化粧品に対する動物実験といっても、
「お猿さんにファンデーションを塗って、あらカワイイ♪」
なんていう、のん気な実験ではありません。

そんな、ほのぼのとした光景とは無縁の動物実験が、
「化粧品開発」のためには、行われています。



化粧品(シャンプー・リンス・洗剤・クリームなども)など、
人の肌に直接触れるものの実験に、最も適しているのは「人の肌」ですが、
まさか、人間を実験に使うわけにはいきません。

化粧品の実験に使用されるのは、ウサギです。



ウサギは涙腺(涙を出す器官)が発達していないために、
目に異物が入っても、洗い流すことができません。

この特徴を利用して、化粧品やシャンプーなどの製品をウサギの目に注入し、
粘膜がただれていく過程を、観察します。

眼は開きっぱなしにし、定期的に、シャンプー液などをたらし続けます。

ウサギは、涙でシャンプー液を流すことができませんから、
眼球は徐々にただれてゆき、やがては失明に至ります。

その過程を観察することにより、化粧品の安全性は確かめられるのです。





もちろん、この実験には意味があるからこそ、実験が行われているわけです。

50年ほど前には、粗悪な化粧品が何の規制もなく出回り、
皮膚病を引き起こすという深刻な被害がありました。

そういう粗悪な製品を防ぐための手段として、
ウサギの眼を使う動物実験が行われることとなったのです。



しかし、すべての製品に対し、
こういう実験が行われているわけではありません。

昔から使われていて、確実に安全性が確認されている商品ならば、
動物実験の必要はありません。(例えば、昔ながらの洗濯石鹸とか)

しかし、ご存知のように、多くの化粧品というのは、
シーズンごとに「秋の新色」とかいって、新商品を売り出します。

シャンプーやリンスも、テレビをつければ、
新製品のCMを放映していますよね。

新製品を発売するためには、実験を繰り返さないといけません。

華やかな新発売化粧品CMの裏には、こういう実験が必要なんです。





一体、日本では1年間に、どのくらいの動物実験が行われているのでしょうか。

本書『新・動物実験を考える』によれば、
年間約2000万匹の動物が、実験の犠牲になっています。

そのほとんどは、化粧品のような「安全性」を確認するためのものだそうです。



何も、動物実験を全部やめろ! と言いたいのではありません。

必要なものは、必要です。

しかし、必要ではないものもある。むしろ、それが大半ではないかと思えます。

そして、私たちの生活を成り立たせている、これらの動物実験に対し、
きちんと消費者の一人として、知る必要があるのではないかとも思います。

ペットとしてウサギを可愛がっている女の子が。

一方で、季節ごとに新製品のシャンプーを使い、ヘアカラーを使い、
新色の化粧品を買っているとしたら。

その行為の裏に、何千匹のウサギの死があることを、
知らなければいけないんじゃないか。そう思うんです。
(ま、普通は知ったら買わないから、知らせるはずがありませんが)



僕は、動物実験は減らすべきだと思っているのですが。
(動物実験反対! というと、すげー宗教っぽくて嫌なんだけど)

動物実験に反対! という意見に対しては。いろいろな反論がつきものです。



「どうせ殺される犬猫なら、実験に使って役立てたほうがいいんじゃない?」

「はじめから実験用に作られた動物なら、仕方ないんじゃない?」

「人間は動物の犠牲なしに生きられないのだから、実験動物使用はやむを得ない」

「動物実験をするなということは、人体実験をしろということか?」

「動物実験なしには、病気で苦しんでいる人を救えないのでは?」

「動物実験によって医学が進歩し、みんな長生きできるようになったのでは?」



本書では、これらの問いに対して、きちんとした答えを述べているのですが。

まさか、その答えをすべてここにずらずら書くわけにもいかないので、
丸写しすることはしませんが(著作権法違反になりそうだし)
(何より面倒くさいし)(だって草刈りとかもしないといけないから)。

皆さんも答えが気になるでしょうから、独断で、
これらの問いに対して、1行で答えていきましょうか。



「どうせ殺される犬猫なら、実験に使って役立てたほうがいいんじゃない?」
⇒生命に対するモラルの問題。同じように「中絶児だから〜」という論にもなる。

「はじめから実験用に作られた動物なら、仕方ないんじゃない?」
⇒均一な実験用動物の反応は、科学的知見は増やせど、人間に応用できないもの。

「人間は動物の犠牲なしに生きられないのだから、実験動物使用はやむを得ない」
⇒必要なことと、いくらでもやっていいというのは違う。

「動物実験をするなということは、人体実験をしろということか?」
⇒現実に、動物実験のあとに人体実験がある。動物実験を減らすことは、人体実験
 をしないことにつながる(2行になってしまった)

「動物実験なしには、病気で苦しんでいる人を救えないのでは?」
⇒動物実験は医学の役に立っていない。人間は千差万別、実験動物は均一。

「動物実験によって医学が進歩し、みんな長生きできるようになったのでは?」
⇒上と同じ答え。動物実験医学は、人間の医学には役に立たない。



結論。

1行じゃ説明できないねぇ。答え知りたい人は、本を読んでください。(゜▽ ゜)
(じゃあ書かなきゃいいのに)



反論に対する「回答」の中でも。

「動物実験が人間の医学の役に立たない」という話には
頭の上に「?」マークが浮かぶ方も多いのではないでしょうか。

これについて、最後にちょっと触れておきますね。



現実的にいえば、人間の病気というのは、ある一因によって
引き起こされるものではありません。

病気の原因は、いろいろあります。

日々の生活のストレスなど、精神性のものもあります。
遺伝的なものもあります。食べ物の添加物や、食生活のリズムも関係します。

いろいろな要因が複合的に絡み合った上で、
病気などの症状として現れるものです。



例えば「魚のコゲを食べると癌になる」というのは、有名な話。

しかしこれは、実験動物にひたすら魚のコゲを食べさせたら、
癌になりましたよ、という話が元になっています。

普通の人間の生活では、決して食べないような量の「コゲ」を
マウスに食べさせて、癌になったから「コゲ」には発がん性があると言われても。

それは「マウス」に対しては当てはまりますが、
人間に対しては、当てはまらないのは明らかです。



たしかに、マウスに「魚のコゲ」を大量に食べさせると、
マウスが「癌」になるという因果関係は、分かった。



だから何? それが人間の医療の役に立つの? という話です。

実際、役には立ちません。



えらくビッシリと内容がつまっている濃い本なんですが。

我々の生活を支えている、いや、
大半は支えていないけれども、引き続き行われている、
数々の「動物実験」に対しては。

人間として、最低限の知識を持つべきだと思うのです。








banner

ぽちっとクリックお願いします。
posted by 加藤のどか at 09:53| 高知 ☁| 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月24日

特定電子メール法

今日は、メールマガジン発行者の内輪話。

メルマガを書いている人には、大変関係のある話ですが、
大半の読者の方には、どーでもいい話。

と。断っておいて始めます。



今年の12月(たぶん)に「特定電子メール法」という法律が、施行されます。

この法律は、どんな法律かというと。
いわゆる「スパムメール」。あれを取り締まる法律です。



登録した覚えもないのに、やたらと送りつけてきて、
解除もできないような広告メール。ありますよね。

ああいうメール(メルマガ)を規制するための法律です。



それは、いいんですが。



12月から、法律の対象となるメール(メルマガ)が、広がります。

※特定電子メール法
 「改正:平成20年6月6日 施行:上記公布日から6ヶ月を超えない範囲の日」
 つまり12月6日ごろから施行されるって話。

どのようなメールが対象になるかというと。


「自己又は他人の営業につき広告又は
 宣伝を行うための手段として送信をする電子メール」


が対象になります。



言い換えれば。

何らかのアフィリエイト、または、自分の商品を宣伝している
メールマガジンは、すべて対象になるということですね。

これは実質、ほぼすべてのメールマガジンが対象になるということです。

わが『都会育ちの田舎暮らし』にしたって、
書評の日にはアマゾンへのリンク(他人の営業)を貼ったり、
下のほうでチャーテの宣伝(自分の営業)をしていますからね。

立派な

「自己又は他人の営業につき広告又は
 宣伝を行うための手段として送信をする電子メール」

になるわけです。エッヘン! (゜▽ ゜)



さて。



対象とされたメールマガジンが、
どのような行為をすると、法律違反になるのか。

以下の5項目に当てはまる場合に、法律違反になるそうです。



・代理登録したアドレスについて、
 何月何日にどこから取得したかを正確に記録し保管している。

・メルマガ読者から来る送信や代理登録に対する全てのクレームに対して、
 誠意をもって適切に対応している。

・発行するメルマガには、送信者名をペンネーム、
 ハンドルネームではなく本名で正確に明記している。

・発行するメルマガには、
 確実に発行者に届く連絡用のメールアドレスを明記している。

・発行するメルマガには、メルマガ解除用のURL、
 またはメルマガ解除について連絡するメールアドレスが明記されている。



すでにこの時点で、僕、結構違反していることになります。

まず

「送信者名をペンネーム、ハンドルネームではなく
 本名で正確に明記している」

に引っかかりますね。「都会育ちの田舎暮らし」では、一番下に

発行者:加藤のどか

と書いていますが、僕の本名は下の名前が漢字なので、
これ、本名じゃないです。ペンネームになっちゃいます。
(漢字だと「和」だけど、ほとんどの人は読めないから、ひらがなで書いてる)



また

「あなたが発行するメルマガには、
 確実にあなたに届く連絡用のメールアドレスを明記している」

にも引っかかりますね。

※感想(僕からの返信できます)は⇒このメルマガに「返信」

と巻末に書いていますが、メアドは書いていません。ですから、違法。



さらに困り者が、これ。

「メルマガ読者から来る送信や代理登録に対する
 全てのクレームに対して、誠意をもって適切に対応している」

・・・こんなもん、どうやって判断すんねん。

こっちが誠意をもって対応していても、
相手から「誠意がない」と言われれば、終わり。違法になってしまいます。



で。



法律に違反した場合に、どのような罰則が待っているかというと。

【最大100万円の罰金】
が科せられるそうですよ。奥さん。旦那さん。お坊ちゃま。(゜△ ゜)
(発行者が個人ではなく法人の場合は、最大3000万円)



僕は「まぐまぐ」というメールスタンドを使って配信していますが。
http://www.mag2.com/

おそらく、まぐまぐに登録されている少なくとも半分以上、
ひょっとしたら8割以上のメルマガが「違法」になると思います。
(ほとんどのメルマガは、少なくとも1回くらいは、
 何らかのアフィリエイトを貼った経験があるだろう)

実際「本名を記載」や「メアドを表記」は対応できるとしても
「誠心誠意の対応」なんて、マジどうすんねん、と思うんですが。



極端に言えば、廃刊にしたいメールマガジンがあったら、
誰でも簡単に廃刊できるということです。読者一人の力で。

何かのイチャモンをつけて、そのイチャモンに対する
発行者からの対応が「誠心誠意の対応ではない」といえば、
発行者には、最大100万円の罰金が科せられるんですから。ワォ。



このような事態を避ける方法は唯一、

「自己又は他人の営業につき広告又は
 宣伝を行うための手段として送信をする電子メール」

であるメールマガジンを発行すること。

つまり、宣伝が全くないメルマガにするしかない、ということです。



ここで、議論(僕の一人議論)は
「メルマガに広告を載せるべきか否か」という方向に移るのですが。



僕は「メルマガに広告を載せるべき派」なんです。



読者の方の中には

「メールマガジンに広告を載せるなんて読みにくいし、
 本来、ブログやメルマガは営利目的でやるものじゃないだろう!」

という意見もあるでしょうが。

僕は、広告があったほうが、良いと思うんです。



メールマガジンって、基本的に「無料」で読めますよね。
中には有料メールマガジンもありますが、99%は無料です。

いくら読者が多かろうと、何万部発行しようと、
それだけで発行者の収入には、なりません。

収入面を補ってくれるのは、ずばり広告。



メルマガって、駅に置いてあるフリーペーパー。
あれの個人版(電子版)だと思っているんです。僕は。

ああいうフリーペーパーの収入源は「広告」ですよね。

メールマガジンとは、その名のとおり、メール版の雑誌(マガジン)。

発行者は個人でも団体でもいいですが、
基本的に無料で発行し、収入は広告で得る。
その収入によって、コンテンツを充実させていく活動もできる。

そういう形が、メルマガ文化の行き着くところじゃないかと思うんです。



アフィリエイト(広告)って毛嫌いする人も多いですが、
僕は、いいシステムだと思うんですよ。

あれが無ければ、個人がメールマガジンを発行して収入を得るという
システムが確立するのは、難しいです。

自分で確保している商品を売るくらいしか、収入につながる道がないのです。
(僕でいえば、チャーテのようなものですね)



(余談ですが、外国には、メールマガジンって、無いそうですね。
 企業の広告メールはありますが、個人が発行するメルマガのような
 ものは、無いそうです。日本独自の文化みたいです)



メールマガジンって、すごくいい媒体だと思うんです。

個人が発行者になれて、そのコンテンツが面白ければ、読者も増える。
普通の週刊誌や新聞のように、間にいろいろな人が入らない分、
生(なま)の一次情報が手に入る媒体です。
(その分、クオリティーは低くなるでしょうが)

ブログとの大きな違いは、こっちから語りかけられること。

ブログは、読者さんが向こうから訪れてくれなきゃ読んでもらえませんが、
メールマガジンは、ご存知のように、メールフォルダに
送りつけられてきますよね。新聞みたいなものです。

毎朝、郵便ポストに届く新聞(メルマガ)と、
みんなが集まる場所に張ってある壁新聞(ブログ)。

どっちの影響力が強いかといったら、
やっぱりメールマガジンだと思うのです。



例えば。



どこの雑誌社にも属さない、優秀なフリーのジャーナリストが、
個人でメールマガジンを発行することにより、生計を立てる。

そういうことも可能になると思うのです。(ブログだと、影響力は低い)



その場合。



重要になるのが、収入源です。
その一番手軽なものは、広告掲載だと思うんですよ。

収入源がなければ「メールマガジン発行者」という「職業」は生まれません。
どんなに発行部数が多くても「趣味」の段階にとどまります。
(余談。有料メールマガジンは、たとえ1部1円でも、
 登録に対するハードルが高いので、あまり広まらないと思うんです)



何が言いたいかというと。



「自己又は他人の営業につき広告又は
 宣伝を行うための手段として送信をする電子メール」

を対象にする、特定電子メール法案は。

メールマガジン文化の火を、消しかねない法律だということです。

もちろん、スパムメールを取りしまることは必要ですよ。
ただ、この定義では、正常なメールマガジンも、
ほとんどを処罰の対象にしてしまう。

しかも、処罰の内容は「イチャモン」でも通ってしまうような文言。



これを、ネット上のメールやブログではなく、
一般の雑誌や新聞に置き換えて、考えてみてください。

例えば、朝日新聞に対して

「読者から来る送信(新聞配達)や代理登録(勧誘)に対する
 全てのクレームに対して、誠意をもって適切に対応していない」

からといって、罰金刑はありません。

↑言い換えれば

「朝日の勧誘員の態度が酷かったから、販売所に文句を言ったけれど、
 全然、誠心誠意の対応じゃない。傷ついた!」
といえば、朝日新聞は3000万円(法人だから)の
罰金を払わなきゃいけない、ということです。そんなことは、有り得ません。



まあ、こんなことは99.9%無いと思いますが。

12月以降に、もし何らかのミスをして
『都会育ちの田舎暮らし』が廃刊になってしまったら。
(まぐまぐから出せなくなったりしたら)

新しい発行媒体を見つけて、しつこく出し続けます。

そんなときは、ブログ(下にリンクあり)等で
新しい登録先をお知らせしますので、よろしく。なんか遺言みたいですね。

※実際の話。いきなり廃刊にされてしまうメルマガも、ありますので。



banner

ぽちっとクリックお願いします。
posted by 加藤のどか at 10:54| 高知 ☁| いろいろなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

よく噛んで食べましょう


健康のために。ダイエットのために。

「一口あたり30回、噛むように」とは、よく聞く言葉です。



実際、噛むことには、様々な効果があるようです。

ダイエットに関して言えば。
一口30回噛むことにより、食べるスピードはゆっくりになります。

食べ物が胃に入ってから、脳味噌の満腹中枢が「満腹ですよサイン」を
出すまでには何分かのインターバルがあるので、早食いの人は
「満腹ですよサイン」が出たときには、もう十二分に食べきってしまいます。

ところが、ゆっくり食べていると「満腹ですよサイン」が
出たときには、まだ腹八分目くらいなんですね。

30回噛むこと。すなわち、ゆっくり食べることによって、
食べる量を減らすことが出来る。ダイエットにつながるわけですな。



また。

たっぷりと噛むことによって、味覚&嗅覚も刺激され、顎の筋肉も使う。
大脳もたくさん働くことになるので、ホルモンやら何やらが出て、
ま、要は脳味噌にもいい効果があるようです。

噛むことにより、歯並びも良くなります。
たくさん分泌される唾液には、虫歯を予防する効果もあります。



さらに。

唾液には、毒素を分解する作用もあるんです。

食品添加物や残留農薬も、30回噛んでいる間に、
唾液の力によって無害な物質に変化してしまうのだそうです。

噛むことにより、消化吸収を良くする働きがあるのはもちろんのこと、
毒素を分解してしまう力まであるなんて、こりゃすごい話です。
(どうせだったら胃液で分解してくれりゃいいのにと思うが)



噛むことに、こんな数々の健康効果があるのならば。
「一口、30回は噛むように」という言葉が飛び交うのも、納得です。





だけど。
普通、そんなに噛めねぇ。(゜△ ゜)





「一口、30回噛む」は、誰しも人生のうち1回くらいは、
チャレンジしたことがあるんじゃないでしょうか。

でも、その習慣が三日坊主で終わらずに、
何十年も続いている人なんて、ほとんどいないと思います。

(これは当たり前の話で、みんながみんな、一口30回、噛んでいるのなら、
 「一口30回噛みましょう」という標語は、すぐに消えるのだから)



30回も噛むって、なかなか出来ないことです。

よほど意志を強くして
「絶対に30回噛むぞ」とやらない限り、長続きしません。



これは、発想が間違っているんです。



「一口で30回、噛むこと」を目指すのではなく。

「一口で30回、噛まざるを得ないようなものを食べること」
を、目指すべきなんです。



話は変わりますが。

うちは、基本的に玄米食です。

健康のために始めたというよりも、
玄米のほうが美味いと思うから、玄米食にしているんですが。

先日。



久しぶりに白米を食べました。(゜▽ ゜)ワーイ
(この一文だけ読むと、すげー貧乏な家っぽい)



今年の新米がとれたので、収穫祝いということで白米を食べたんです。

そのときに、気づいたんですが。



白米は、噛めない。



玄米って、知らず知らずのうちに、30回近くは噛むんですよ。
意識しないでも、自然に噛んでいます。

ところが。

白米って、久しぶりに食べてみると、
ナンだあの柔らかさはっていうくらい、柔らかい。(悪い意味で)

気づいたら飲み込んじゃっています。
意識しなかったら、3〜4口で飲み込んじゃいますよ。

玄米食を続けたあとの、久しぶりの白米だから気づいたんですが。



白米って、噛むのに適さない食品です。



あらためて見回してみると、一般の食卓に上るもので、
「噛む」ことを強要する食品の、なんと少ないことか。

白米なんて、30回も噛める食品じゃありません。
(噛んでいる人もいるだろうけれど、僕は、白米を30回噛むのは気持ち悪い)

ラーメン、ハンバーグ、スパゲティー。どれも、すぐに飲み込めるもの。
また、故ウガンダさんの名言にもあるようにカレーに至っては「飲みもの」です。
(若槻さん曰く、麻婆豆腐も飲み物らしいです)

外食となると、ほとんどが柔らかいもの。
噛む必要がないんだから、かなり「意志」を持っていないと、噛めないんです。



噛む必要のない食品を、噛まないのは、当たり前。

柔らかい白米だのパンだのを30回も噛むほうが、おかしいです。

小学校の給食なんかで、柔らかいメニューを出しておきながら
先生が「一口30回は噛むんですよ」なんて言うのは、
○○○しておきながら○○○○しなさいと言うようなものなんです。

↑なかなか良い例えが思いつかなかったので。
 ○に入る言葉を募集します⇒ http://form.mag2.com/drevalevou
 面白いのがあったらメルマガで紹介しちゃいます。



とあるデータによると。

戦前の日本人は、1回あたりの食事に平均22分をかけ、
食べ終わるまでに平均1420回、噛んでいたそうです。

現代の日本人は、1回あたりの食事に平均11分をかけ、
食べ終わるまでに平均620回、噛むそうです。

噛む回数は、半分以下になっています。

(余談。そういえば先日、うちで久しぶりに白米を食べたら、
 食事時間が異様に短くなって驚いた)



食事時間が短くなったのは、
食品が、噛む必要のないものに変わったからですよね。

玄米・麦飯・根菜・野菜・乾物などなど。
これらの「噛まなきゃ食べられない食品」が
白米・パン・麺類などの「噛まない食品」に変わっていったからですね。



噛まない食品に対して「一口30回、噛もう」といっても、無理な話です。

ダイエットのため。健康のために。一口30回、噛むことを目指すのならば。

「頑張って30回噛む」のではなく
「30回噛まなきゃ食べられない」食品を選ぶことが大切なのです。



banner

ぽちっとクリックお願いします。
ラベル:よく噛むこと
posted by 加藤のどか at 09:50| 高知 ☁| 食べ物のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

どぶろく解禁

何日か前の「自給自足」に関する話で、ちょっと触れましたが。

「酒(どぶろく)」って、簡単に作れるんです。

たぶん、最も簡単は作り方は、こちら↓。
ペットボトルでどぶろくを造る方法が、説明されています。

『ペットボトルで作る簡単ドブロク』
http://www.osk.3web.ne.jp/~jetplan/takejun/doburoku.htm



どぶろくは、炊いた米に酵母を加えてつくる、最も原始的な酒。
酒屋で売っている「濁り酒」に近いものです。

その起源は、ほぼ「米づくり」が開始されたのと、同じ時期までさかのぼります。
日本では何千年もの間、各家庭で「どぶろく」を作ってきたんですね。

味噌や醤油を、各農家がつくるのと同じように、
酒を各農家で作って、飲んでいたのです。

どぶろく作りの過程で出る酒粕は、漬物などにも利用します。(奈良漬)
酒粕を味噌汁に加えるという地域も、あったそうです。
生活に密着した食品だったんです。



「酒は百薬の長」ともいいますが、その「酒」とは、
ほとんどが「どぶろく」のようなものだったんじゃないでしょうか。

焼酎のような蒸留酒は、造るのに手間がかかりますから、
そう簡単に口に出来るものではなかったはず。

清酒(日本酒)も、大規模につくる高級な酒です。

日本人が古来より飲んできた酒というのは、
大半が、家庭で簡単につくれる「どぶろく」のようなものだったと思います。

そんな「どぶろく」は「百薬の長」の名にふさわしい健康効果があります。



どぶろくの中には、元気に生きている酵母がいます。
市販の酒のように殺菌などを行わないので、
飲むその時まで、発酵しつづけている状態なんです。

酵母は、アミノ酸やビタミンなどの栄養分を、多く含んでいます。
どぶろくは、納豆やキムチと同じような「生きた発酵食品」ですね。

健康に悪いはずが無いと思います。



普通の日本酒やビールも「酵母」の力でつくられていますが、
製造段階で完全に殺菌するので
「生きた酵母」を飲んでいるわけでは、ありません。

酵母が生きていたら、保存している間に、品質が変わっていきますからね。
とても商品になりません。
(一部、酵母が生きていることを売り文句にしている、
 濁り酒や濁りビールのようなものも、ありますが、大半は死んでいます)



なんて考えると。

どぶろくは簡単に作れるし、健康にも良さそうだし、
こりゃいいや! とも思うのですが。

一つ、大きなハードルがあります。





 法律。





酒税法というヤツです。

酒税法第7条により、
「酒を造る者は所轄税務署長の免許を受けなければならない」
と、されています。

実際、免許なんて個人でサクっと取れるものでもないので、
たとえ自家消費用のどぶろくであろうと、勝手に作ったら法律違反。

懲役5年以下、または50万円以下の罰金が科せられます。
事実上、大手の酒造メーカーでないと、
酒をつくってはいけないという法律です。



その昔、酒税法に反対し、裁判を起こした勇者がいました。

『どぶろくをつくろう』という本の著者でもある前田俊彦さんが、
20年ほど前に行った裁判。

日本古来の食文化の一つである「どぶろく」の自家消費を法律により
禁止するのは、憲法で規定された「人権における幸福追求の権利」に
反しているのではないか。

という観点で、争われました。

要は
「自分で酒をつくって、自分で飲んで、何が悪いんや!
 そんなん禁止するんは、人権侵害とちゃうんかい!」ということ。

しかし、前田さんは裁判に負けてしまいます。


最高裁の判決は
「酒税法の右各規定は、自己消費を目的とする酒類製造であっても、
 これを放任するときは酒税収入の減少など酒税の徴収確保に支障を生じる
 事態が予想されるところから、国の重要な財政収入である酒税の徴収を
 確保するため、製造目的のいかんを問わず、酒類製造を一律に免許の
 対象とした上、免許を受けないで酒類を製造した者を処罰することとした
 ものであり、これにより自己消費目的の酒類製造の自由が制約されると
 しても、そのような規制が立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理で
 あることが明白であるとはいえず、憲法三一条、一三条に違反する
 ものでない」
というもの。フロム・ウィキペディア。


平たく言えば
「国が酒に対して税金かけてんだからよぉ〜。勝手に酒つくられて
 飲まれちゃったら迷惑なんだよね。税収減っちゃうじゃん。だからだめ」
ってことです。


そんなこんなで、今も、
勝手に「どぶろく」をつくったら、法律違反となってしまうのです。


近年「どぶろく特区」なるものも現れていますが。
あれも、基本的には「地域」で申請して、許可を得るもの。

個人が「どぶろく作りたいから許可して〜」といっても、
そうは問屋がおろさねぇ、って世界なんです。



どぶろくが違法となることについては、今も、根強い反対意見があります。


「個人が楽しむ分だったら、勝手に作ったって、いいじゃねぇか」

もしくは。

「作った分は、ちゃんと申告して、税金払えば、
 個人で作って飲んだっていいじゃねぇか」

そういう主張もあるようですが、いまだ法律改正には至らないようですね。



実は、自家消費用の酒づくりを禁止している国というのは、
世界でも珍しい存在です。
(「酒そのもの」を禁止している国は、結構あります。イスラム圏とか)

当たり前ですよね。
酒というのは、最も原始的な飲食物の一つ。

どぶろくにしろ、ワインにしろ、ビールにしろ、
何千年の歴史があり、農家の生活と密接に結びついたものでした。

ヨーロッパの農家は、勝手にワインなどをつくり、
自分の家で楽しめるそうです。それが普通なんです。

でも、日本では違法です。



もし、日本でも「自家消費用どぶろく作り」が解禁されたのなら。

正体不明の甘味料や色素が入っている「サワー」なんかではなく。
手作りのどぶろくを、自分の家で楽しむことができます。

変なアルコールなんか添加されていない、100%純米酒。
酵母は元気に生きており、健康にも大変よろしい。

日本国民は健康になり、医療費は大幅に削減され、
結果、(どぶろくを禁止すれば)酒税法で得られるはずだった
微々たる税収を上回る歳出削減になるのではないか。

なんて思うんですが。

どぶろくを解禁することは、目先の小さな損ではなく、
大きな得を取ることにつながると思うのです。





どこかの政党が、「どぶろく解禁」のマニフェストつくらないかな。
そしたら衆院選、絶対に一票入れますけれど。



banner

ぽちっとクリックお願いします。
ラベル:法律
posted by 加藤のどか at 10:53| 高知 ☁| 食べ物のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。